第93話 外出禁止令ふたたび
「だから、しばらくママはおでかけしちゃダメっ!」
正座したヒナタの目の前で仁王立ちする少女はとても怒っていた。それはもう、烈火のごとし。
今日もお気に入りのツインテールを揺らし、さらには小さな両手を腰に当て、目は不機嫌そうに吊り上がっている。
そしてその隣では、漆黒の瞳に哀れみを含ませた少年が嗜めるようにヒナタを見下ろしていた。
「ママ、ほうじゅさまにめいわくをかけるのはダメ」
「あぅ……子供たちの正論が痛い……」
「ママ!」
「はいごめんなさいっ!」
ビシッと背を正したヒナタは、脊髄反射的に双子たちに謝った。
昨日のできごとに対し、なんとか「気にしないで」と五万回くらいの勢いで伝えてダッシュで部屋に戻れば、待っていたのはご立腹な我が子たちと、薄情にも笑いを耐えるLynxの姿。
飲んだ勢いで宝珠の部屋で爆睡してるとライから聞かされたアステリアは大変怒っており、半分ほどは嘘じゃないので訂正もしづらい。
(だから宝珠様の部屋じゃなくてこっちに連れ帰ってくれてればよかったのに――! ねぇ、聞いてる!? そこの笑い死にそうになってるイケメン! ねぇ!)
「くくく……っく!」
全く笑いを隠せていないライは、子供たちの後ろで全力で肩を震わせていて恨めしいにもほどがある。
だが、そんなやりとりを知らないアステリアは、じとりと正座する母を見下ろした。
「ママッ」
「はいごめんなさいっ! でもねリア、違うの! 確かにお酒は飲んだし、宝珠様にも絡んだんだけど……!」
「アウトだよ、ママ」
「そんなストレートに言わないでルーク! えぇっと、違う! 昨日はライがいけなかったの! ライがママのそばを離れて遊びに行っちゃったから……!」
「ひとのせいにしちゃダメって、ママがいつもいってるのに?」
ぐうの音も出ないアステリアの一言。
墓穴を掘ったのか自分の教育方針を誇ればいいのかヒナタは本気で悩んだが、とりあえずこのやりきれない感情を長椅子に置かれてあったクッションに込め、剛速球で震えるライの背中にぶん投げた。
「もうママ、ちゃんと聞いてる!?」
「聞いてる聞いてる! でもママだけ怒られるのは理不尽! ライにも怒って!」
「ライはちゃんとリアがおきたときにはいたもん」
「そうだよな~俺はちゃんとリアたちが眠るまで一緒にいたし、リアたちが起きる時にも一緒だったもんな~」
そう言ってライは、くつくつと笑いを漏らしながらもアステリアに同意した。
アンドロイドの彼は、“分体”という形で、メイン意識を中核に複数の肉体や仮想身体を同時に使い分ける。
だからこそ花街にいたヒナタと、屋敷に残ったアステリアたちのそばに同時にいることができるのだ。そりゃいつでもそばにいるに決まっている。
そんな恨み節を込めてヒナタはライに噛みついた。
「もー裏切り者っ! あたしだってちゃんと帰ってきてたっ!」
「でもまちがって、ほうじゅさまのへやにいっちゃダメだよママ。ママがベッドをとったら、ほうじゅさまかわいそう」
追い打ちをかけるルークに、ヒナタはうっ! と声を上げ、言葉を飲んだ。
育てたのはヒナタなのに、こういうところだけはどこまでもロイドにそっくりだ。
そんな一度も会ったこともない父親に似た息子は、さらりとした口調でヒナタにとっては悪夢のような言葉を告げる。
「いつもライが『ママにも息抜きさせてやろうな』っていうから、いってらっしゃいしたのに。でも、ほうじゅさまにめいわくかけたんなら、ママはしばらく、おそともおさけもダメだよ?」
「うそぉぉぉぉ!?」
「はははは!」
「ラ――イ――!」
ついに笑いを堪えきれなくなって腹を抱えて笑い出すライにヒナタが全力でキレる。
その隣では粛々と部屋の隅に置かれていた|保存庫《Pーフードマネージャー》からヒナタ愛飲の酒たちが取り出され、そのまま遠慮なくトランクの中に投げ込まれた。
「んしょ。ライ、しばらくはママがカギをあけられないようにして」
「くく、りょーかい」
「あぁぁぁぁ! 待って待って! せめて今週の一本……!」
「ダメだよ、ママ」
「ライ! 主人はあたし!」
「そうだなぁ、でも同等権限をルークやリアも持ってるからなぁ~」
楽しそうな声色で完全にロックを掛けるライに、ヒナタは絶望した。
ただでさえライから、週に一度、二本までと制限を食らっているというのに。
ぐすぐすと泣き出すヒナタに、ライは宥めるように頭を撫でてやる。もちろん、ぎろっと睨まれたがお構いなしだ。
「まぁ、最近動きっぱなしだったからな。しばらくはゆっくり子供たちと過ごすってのもいいんじゃないか?」
「ライ、ママはじっとできないんだよ」
「ルーク! それ本気でママ泣いちゃうから! ママが泣いたら、すんごくめんどくさいんだからねっ!?」
よしよしと可哀想な目で見上げながら頭を撫でてくる三歳児を、ヒナタは思いきり抱きしめた。
これでは一体、どちらが大人かわかったものじゃない。
しばらくその小さなぬくもりをぎゅーぎゅーと力いっぱい抱きしめたヒナタは、やや脱力したように息をつく。
「あぁもう~……そうだよね。二人とも、ライがそばにいない時からいい子でお留守番してくれてたんだもんね」
「うん! リア、ちゃんとおるすばんできるよ」
ルークを片手で抱いたまま、ヒナタはへへんと誇らしげに胸を張るアステリアの頭をそっと撫でてやった。
今はこうやって一緒にいれるが、本来のヒナタはコードネアという職業柄、どうしても年の半分は子供たちを置いてガイアの外に行かねばならない。
こうして家族揃っていられるのは、意図せぬ漂流生活のおかげなのだ。
(せっかく子供たちとゆっくり過ごす時間ができたのに、結局何だかんだ動いちゃったもんなぁー……)
この世界での生活基盤を整えるためとはいえ、仕事中毒もいいところだと自分に苦笑しつつ、部屋の隅に置いてあったランダムトイボックスへと目を向ける。
今月のおもちゃは確か……と思い出して、ヒナタは「それじゃあ、今日は外で遊ぼうか。ライと!」と、先ほどの恨みは忘れてないとばかりに清々しい笑顔を浮かべた。




