第91話 余韻(2)
ふとその時、宝珠の脳裏にヒナタのある“言葉”がよぎり、確かめるようにライに視線を向ける。
「ヒナタが、“子はできない”と言っていた。それは本当か?」
予想外の問いだったのか、ライの赤目が驚きにほんのり開いた。
だがゆっくりと視線を伏せると、眠っているヒナタの顔を見下ろしながら、静かに「はい」と答える。
「銀河では、妊娠と出産の権利は女性にあるので、本人が妊娠を希望した時にしか子供を授かることはできないんです。仮に今ヒナが妊娠を希望しても、一度ガイアに戻って医師の医療相談と専門の施術を受けなければ、ヒナは妊娠できません」
「子供たちは?」
「一時的に妊娠可能な状態に戻して授かりました。もちろん急に体を戻すので、かなり負担がかかって辛そうではありましたけどね。でも、まぁ……いわゆる、生理も止まるので、日常生活を送る分には妊娠したい時だけ体を戻すほうが女性的には楽みたいです」
ライの話はあまりにも未知過ぎて宝珠の理解の範疇外だったが、それでも今のヒナタの体は、妊娠を受け付けない状態なのだということはなんとなく分かった。
「妊娠を意図的に止めている、ということか? そんなことが可能なのか?」
「可能ですよ。むしろ危険があったから、積極的に妊娠を止めるようになったんです」
そう言ってライは一度ヒナタを抱きかかえ直してから、慎重に言葉を選びつつ宝珠に向き直る。
「この国では、女性が結婚して、子供を産むのが当たり前だと思います。十代で結婚し、妊娠して出産するのだって決しておかしくはないですよね?」
「あぁ。十五で成人を迎えたあとは、男女問わず、婚姻を結んで子を成すのが常套だな」
「ではその婚姻に、女性の意思はありますか?」
ライのその言葉には、どこか無機質な冷たさがあった。
それに少し虚を突かれた宝珠は、その言葉の意味を考える。
黎煌国では早く結婚し、早く子供を成すことが善とされている。そしてその大半が見合いや親が決めた相手との婚姻で、基本的に個人の意思は尊重されない。
まれに林商会の静阿と雪のように婚姻前から想い合う夫婦もいるが、ほとんどは婚姻日まで相手の顔を知らなかったり、望まぬ相手に嫁がねばならないほうが圧倒的に多いのだ。
「意思は、ないだろうな。決められた相手に嫁ぐ……それだけだ」
今まで当たり前だと思って考えたこともなかった。
だが、改めて考えてみれば実に女性軽視な行いなのかもしれない。
例えどんなに女性の身分が高くとも、共に生きる伴侶さえ、彼女たちは決して自ら選ぶことはできない。
ただ、適齢期が来たら親に言われるがまま、願ってもいない男の元へ嫁がされる。想い人がいたら引き離され、悲壮のまま嫁入りをして、望まぬ妊娠をさせられる。
それが、この国の常識なのだ。
「……俺たちのいた惑星や他の惑星でも、何百年か前はそうでしたよ。女性は男の所有物として、“モノ”として長年扱われてきました。女として生まれただけで跡継ぎではないと蔑まれ、子供を宿せなかったら石女と呼ばれ、ほんの少しの金で売り払われ、祖父ほどある男の元へ買われ、人権なんて何もなかった。無理やり体を暴かれ、傷つきながら妊娠し、体が幼いがために多くの女性が死んでいきました。それでも男たちは、死んだ自分の妻に対して暴言を吐き、嘲笑い、敬意なんて払いもしなかった。だから女性たちは決めたんですよ、何百年何千年もかけて。望まない選択から逃げるために」
その結果が今の銀河社会なのだとライは語る。
男性優位の世界はいつか必ず女性の手によって覆されると、どの文明も口を揃えて言うのだと。
もちろん、この黎煌国だって他人事ではない。ただ、まだその時ではないというだけで。
「けど、宝珠様は……抑えつけられるその痛みを知っているから、だからヒナも懐いているんだと思いますよ」
そう小さく笑みを浮かべたライに、宝珠は困惑した様子で瞳を揺らした。
忌み子として生を受けて二十五年。今まで言われなき偏見や差別を受け生きてきた宝珠が、もしも女に生まれていたら――ライの言う通り、どうなっていたか分からない。
四大貴族の冬家嫡男だったからこそ今の宝珠があり、冷遇はされても何不自由なく生活ができるのだと思えば、選択の余地さえ与えられず今の状況を生きる女性たちに対し、やや同情的な思いがした。
「まぁ、ぶっちゃけ男は出すもん出したら終わりですからね。でも女性はその身一つで、十ヶ月近くもたった一人でお腹の子を守るんです。その間、自分を守る男くらい、自分で決めたいってのは正論だと思いますよ」
「……選ばれなければ、どうなる?」
「そのまま独身ですね。まぁ自分から独身で選ぶのも男女ともに多いんで、うちの国ではさして珍しいもんじゃありませんが」
「女人も、か」
「そうですよ。銀河の女の子がみんなヒナみたいに、行動力も決断力もあると想像すれば分かりやすいんじゃないですか? 男なんて微々たる存在で、きっと一人で人生を謳歌しますよ」
「……」
眉を寄せて閉口した宝珠に、ライはくつくつと笑う。
今まで散々ヒナタに振り回されてきた宝珠のことだ。
そう言われてしまえば、銀河女子のパワフルさを否応なしに理解しただろう。
「それは……いろいろと大変そうだな」
「ははは、でも宝珠様なら大丈夫じゃないですか? あぁ、でも……この後どうするかな」
ふと笑いを引っ込めたライは、眉間に皺を寄せる。
「何がだ?」
「いや宝珠様、ヒナと寝たじゃないですか」
「……直球だな」
「え、ここにきてそれを隠す必要あります? いや、まぁいいんですけど、ただちょっと困ったなって」
本当に困った様子でヒナタを見るライに、宝珠は改めて問う。
「だから何に困っている。ヒナタのことか?」
「えぇっと、そうなんですよねー……基本的に銀河の女の子って、朝起きてその場に相手がいないと、その……ヤリ逃げされたって思うんですよ」
「…………」
どうします? と首を傾げるライに、宝珠は額を押さえる。
それと同時にガタンと、御者車の揺れが止まった。
どうやら宝珠に選択を迫るように、屋敷へと帰りついてしまったらしい。




