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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第二章

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第89話 熱を帯びる


 

 「それでそなたは何してる……っ」

 「え? 脱がしてますけど」

 「脱がすな!」



 宝珠の衣に手を伸ばしたヒナタは、きょとんと首を傾げる。

 

 制止するようにヒナタの手首を掴んだ宝珠だが、自分とは違う線の細さに、思わず抵抗する力が緩んだ。

 

 どうしてこんなことになっているのか。

 そう、途切れそうになる思考で思い起こせば、この部屋に入った時点で全てはもう駄目だったのだ。


 妓女に案内された部屋には、ヒナタと宝珠の二人だけ。

 

 最低限の灯りしかない室内は、窓から差し込む赤い月明かりと、揺らめく紗灯の影のもと薄暗く、部屋中から甘ったるい香の匂いが漂ってくる。



 (さすがに、まずい)



 宝珠はぐっと拒むように、自分の口元を手の甲で押さえた。

 普段なら眉をしかめて嫌悪する匂いにさえ、宝珠の内にどこかじわじわとした熱が広がっていくような感覚になる。


 部屋に入るなり、宝珠に長椅子を勧めたヒナタは、妓女から受け取った数本の酒を盆ごと卓に置いて、宝珠に向き直った。

 

 その動作が、やけに宝珠の目に残る。



 「解毒薬……といったな」



 掠れた声に思わず宝珠は眉を寄せた。

 なんだか喉も渇いて、声が出しづらい。



 「作り方を、知っているのか?」


 

 宝珠が尋ねれば、ヒナタは一度動きを止めた。

 それから緩慢な動きで軽く手を振る。



 「擬態解除(フォーム・シフト)


 

 次の瞬間、一瞬だけ風が吹いたように灰色の髪が舞い、あっという間にヒナタの男装が解かれた。

 


 「……!」



 一つ結びにしていた灰色の髪は綿毛のような短い栗色の髪へと戻り、骨格も男から女のしなやかな体へと戻る。


 あまりにも自然に男女が入れ替わるさまに言葉を失った宝珠だが、それを逃がさぬようヒナタは宝珠の元まで歩み寄って距離を詰めた。



 「薬の作り方は知らないですよ?」

 「……は?」

 「でも解毒はできますから、大丈夫です!」



 薬の作り方は知らないのに解毒はできる――そう清々しく言い放って目元を緩めたヒナタに、宝珠は訝しげに眉をひそめた。

 

 だがそんな宝珠に構うことなく、ゆっくりと体重をかけたヒナタは宝珠の膝にのしかかる。


 ギシリ、と座面が沈んだ。

 

 外からはまだ楽器の音が聞こえ、人の気配もあるというのに、その音だけがやけに宝珠の耳に届く。

 


 「離、れろ」

 「え~ムリです」

 「何が……!」



 宝珠の言葉が、それ以上続くことはなかった。

 

 ヒナタが今でも亡くなったロイドを想っていることを、宝珠は理解している。

 

 そしてやり方はともかく、手段選ばずヒナタを救ったアオバも、ずっとそばで支え続けたライも――向けあう想いは違えども、ヒナタと彼らを見ていればその結びつきも容易に理解できた。


 ヒナタを取り巻く関係に、宝珠が入り込む余地はない。

 それなのに、何故かヒナタ自身が容易にその距離を詰めてくる。


 ――柔らかく触れ合ったほんの数秒が、あまりにも長く感じた。

 

 ゆっくりと離れるヒナタの瞳に、困惑に揺れる宝珠の金色の目が映る。


 

 「ねぇ宝珠様」



 ぱさりと布が落ち、宝珠の素顔が露わになった。


 吐息が触れ合うほどに近いヒナタの香り。

 その匂いに、強制的に思考が侵されそうになる。

 

 

 「あたしのこと、ちょっとは好きですよね?」

 「……は?」

 「恋愛感情じゃなくていいんです。触られるのが嫌じゃなきゃ」



 熱に浮かされそうになる体の感覚も相まって、宝珠はそれ以上言葉にできなかった。

 

 艷やかな唇。細い首筋。

 見れば見るほど、見慣れたはずのヒナタから視線を外せなくなる。


 意図せずに悪酔いしたような、浅く脈打つような鼓動。

 

 抑制の中に混じるこの欲情は、仕込まれた薬のせいであって決してそれ以上のものじゃない――そう自戒を込める。

 

 ヒナタと宝珠の関係は、最初から偽りで、ただ、保護をするだけの一時的な関係なのだ。


 そう言い聞かせて、理性を総動員させているというのに――

 


 「宝珠様」



 ヒナタの指先が、そっと宝珠の頬を包み込むよう触れた。

 思わず小さく肩を揺らす宝珠に、ヒナタは少し瞼を伏せる。



 「嫌だったら、妓女のおねーさんだと思って諦めてください。嫌じゃなきゃ――」



 一拍、ヒナタは言葉を溜めた。それから、真剣な顔つきでまっすぐに宝珠を見つめる。

 

 

 「嫌じゃなきゃ、黙ってあたしに抱かれてください」

 「………………………………は?」



 やけに直球なヒナタの言葉に、宝珠の口から間抜けな声が漏れた。

 

 その反応を分かっていたかのようにヒナタは軽く笑い、今度は何食わぬ顔で自分の帯に手をかけた。

 しゅるり、という衣擦れの音に、固まっていた宝珠の意識が戻り、止めるようヒナタの腕を掴む。

 

 だが、ヒナタは引かなかった。


 ここは妓楼。

 閨のことなら妓女に任せるという手もあったが、忌み子と呼ばれる宝珠の相手を戦々恐々とされるくらいなら、いっそ自分が抱いたほうがいいのでは? とヒナタは思ってしまったから。

 

 だから、例え宝珠にとっては非常識な解毒方法であったとしても、そのわずかな抵抗はヒナタの指先によってやんわりと絡み取られ――この日二人は、偽りのまま夜を越えたのだ。

このあとの話として、ムーンライトノベルズにて「熱を喰らう~コードネア・クロニクルafter~」を89.5話としてアップ予定です。本編はこのまま90話に進みますが、ご興味ある紳士淑女の皆様はそちらもよろしくお願いします。

お察しの通り、もちろんヒナタ優位です。笑

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