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第9話 未知の言語ソルフェジア


 宝珠の屋敷に世話になって数日が経つ。

 

 同調である程度把握していたが、ここはやはり、男尊女卑の傾向が強い国のようだ。

 髪の長さや美しさで富裕さが判断されたり、着る服の色に制約があったりと独自文化も多い。


 李姜(キキョウ)たちと過ごすうちに新たに知ったことといえば、ここが黎煌国(れいこうこく)の王都であり、宝珠は四大貴族と呼ばれる上位貴族の長男だということ。

 ただし、長男であっても跡継ぎではないという李姜の複雑な様子から、きっといろいろと面倒な事情が絡んでいるんだろうと推測できた。

 

 宝珠が常に布で顔を隠しているのも、もしかしたらそのせいなのかもしれないが、そこについて深く詮索する気はない。

 下手に立ち入れば、今の保証された生活が崩れる可能性だってあるのだ。



(あれから時間も経ったし、王都内ならもう同調(コネクト)()()は終わったかな……)



 ヒナタたち調律士(コードネア)が使う宇宙調律言語(ソルフェジア)には、二つの使い方がある。

 

 一つは、同調(コネクト)と呼ばれる言語調律と思考調律。

 言語調律とは、まるで吹き替え映画のように――例え相手がどんな言語で話していたとしても自分の耳には聞き慣れた母国語として"自動通訳"されるものだ。

 言い回しもごく自然に、吹き替え特有のわずかな口のズレさえも脳が補正してしまうため、違和感もほとんど感じない。

 

 さらに思考調律では、同調された言葉を介して、相手の価値観や文化背景すらも"認識"させるようになってしまう。

 見ず知らずの未知の文化であっても、脳が知識の一端として、まるで学んだように認識してしまうのだ。


 この同調(コネクト)には、精神支配(マインドコントロール)のように直接誰かの意識を操作したり、思想を押し付けることはできない。

 だが、意思の強制はなくとも、無意識の領域――常識や理解といった深層意識に影響を与える作用があるのは明白だった。

 

 そして同調(コネクト)は、受け手を起点に、周囲へ、そして国や惑星全体へと広がっていく。

 それゆえにその広がり方を、"侵食"や"汚染"と皮肉るコードネアも少なくなかった。

 

 そして、もう一つが調律(コード)だ。

 これは同調(コネクト)とは違い、周囲に対し非常に強い強制力を持つ。

 その力はレベル一からレベル十までに分類され、レベル六の《讃歌(さんか)》と呼ばれる軽度の自然現象への介入までがコードネアの限界とも言われていた。

 

 

 (この規模……レベル六の讃歌でどうにかなればいいけど)



 広い庭先で子供たちと一緒に虫や花を探しながら、ヒナタは赤雲に覆われた薄明るい空を見上げる。

 頭上を覆う雲は、風が吹いても晴れることはないようだ。


 一体なぜ空が赤く染まったかを解明しない限り、この空は本来の色には戻れないのだろう。

 

 

 「……ねぇ、李花(リファ)。この国の空って、いつからこうなの?」



 アステリアと一緒に花を摘んでいた李花にそう問えば、李花は裾を払いながら立ち上がる。


 

 「そうですわね……少なからず三百年ほど前にはもう空は赤かったと聞き及んでおりますわ。しかもこの雲、滅多に晴れることはありませんの」

 「……三百年、ね」

 

 

 どうやらこれは中々に年季の入った歪みのようだと、ヒナタは人知れずため息を吐いてもう一度空を見上げた。

 この現象について詳しく調べたくても、女一人で軽率に出歩くのは文化的にやめておいたほうがいいし、何より今は宝珠に外出を禁じられている。

 

 そんなヒナタに、李花があっと思い出したように声を漏らした。



 「でも、宝珠様がお生まれになった日は晴れたと母から聞いたことがあります。珍しく雲の晴れ間から陽が差したのだと」

 「……へぇ?」


 

 それが偶然か、はたまた何か別の要因があったのか。

 普段晴れない雲が晴れたせいで、"凶兆"とでも判断された可能性もある。

 科学文明が根付いてない地域で、不可解な現象は全て災いと片付けられてしまうことなんて珍しくもなんともない。



 (ま、歪みだって、人為的なものからよく分かんないものまであるしね)



 現代科学で割り切れないものなんて、この宇宙には山ほどある。

 宇宙調律言語(ソルフェジア)だっていまだ全容が解明できていない未解明の言語で、その言語を習得しているヒナタがその最たる存在なのだから。

 


 「ねーぇーマーマー! このおはな、なーにー?」



 ヒナタの思考を遮るようにアステリアの呼ぶ声がする。

 何かを見つけたらしい娘の声に、ヒナタは隣まで歩み寄って手元を覗き込んだ。

 

 アステリアが指差したのは、薄桃色の小花がいくつも連なる、愛らしい花だ。

 

 

 「あーこれはね、サボンソウっていって…………って、あぁ――――っ!」



 何かを思いついたようにヒナタが叫び、アステリアが目を丸くする。

 「ごめんごめん」と笑いかけて、ヒナタはもう一度その花をじっくりと見つめた。

 

 ……駄目元だけど、外に出られないのならちょうどいいかもしれない。

 そう思ってヒナタは花を指差して李花に微笑む。



 「ねぇ、李花。少し手伝ってもらえる?」



 薄桃色の小花は、どこにでも生えてる多年草の花。

 それを一体どうするのだろうと李花の顔が語っているが、ヒナタの表情は明るかった。

 

 ――さぁ、楽しい実験の始まりだ。

 

 

 

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