第83話 いざ導かん。花街へ
「……で、私が呼ばれたの?」
「花街なら、お前ほどの適任者はいないだろう」
珍しく藍飛が言葉に詰まった。
呼び出しを受けて宝珠邸へとやってきた彼に告げられたのは、実にシンプルな提案だ。
ことの発端は、ヒナタが花街に行こうと言い出したことにある。
人攫いが横行している花街ならば、二度も最愛の子供たちを攫った誘拐犯らの尻尾を掴んで、平和的解決ができるかもしれない。
そう息まくヒナタを見て、止めることは不可能と判断した宝珠は、週のほとんどを花街で暮らす藍飛を招集して今に至る。
だが、そこで「よし、行こうか」と言えるほど藍飛も落ちぶれてはいない。
「い、いや、でも……そもそも花街は女人が行くような場所じゃ……」
歯切れ悪く言い淀む藍飛に、同意するよう宝珠はため息をついた。
「本人曰く、対策するから問題ないとのことだ」
「対策って、どうやってさ」
「知らん。私に聞くな」
外は夕闇に染まり、七の鐘が鳴った十八時。そろそろ花街の大門が開く時間になる。
微妙な空気が応接間に漂う中、遠くから話し声が聞こえてきて、自然と宝珠と藍飛の視線は戸の先へと向いた。
「ママ! うしろのかみ、はねてる」
「え!? ライ、ちょっと直してっ」
「はいはい。動くなよ……ほら、できたぞ」
「ありがと! あ、宝珠様、お待たせしましたー!」
そう言って勢い良く開け放たれた戸の向こう。
そこにいる人物を見て、宝珠も藍飛も見事に硬直した。いや、むしろ固まる以外の選択肢がなかった。
声はヒナタそのものだというのに、目の前にいるのはヒナタではない。
いつも以上に吊り目がちな薄い漆黒の瞳と、一つ結びにしてさらりと肩に流した灰色の髪。
何より体だ。体つきが圧倒的に違った。
ヒナタを象徴する豊満な肢体はそこにはなく、どこか毒を孕んだ色香をまとう目の前の人物は、見た目だけなら――まるで男なのだ。
二の句を継げない宝珠たちを前に、ヒナタ(?)の後ろからライが声を掛けた。
「ヒナ、声がそのまんまじゃ変だぞ」
「あ、そっか……んんっ」
声の問題じゃないと内心思った宝珠たちだが、次の瞬間、さらに度肝を抜かれた。
軽く喉を鳴らすとヒナタ(?)は目を細め、宝珠たちにやや挑発げに微笑む。
「……よし。お待たせしました、宝珠様に藍飛様」
「いや、ほんと誰――――!?!?」
全く理解の追いつかない藍飛の叫びが応接間に轟いた。
声さえもまるで、青年期に入った頃合いのまさしく男のものだ。
混乱に目を白黒させる宝珠と藍飛に、子供たちが楽しそうな声をあげる。
「あはは! ママだよ、らんふぇーさま!」
「ほうじゅさまもびっくりしてる。びっくりだいせいこうだね、ママ!」
「大成功すぎちゃったね~」
楽し気にハイタッチする子供たちとヒナタ(?)の様子を見るに、目の前の青年は本当にヒナタなのだろう。
確かに先ほどまで声だけはヒナタそのものだったのだから疑いようもないが、それでも宝珠たちにとっては驚きでしかない。
「……これも銀河の技術力ってやつかい? いやもう、何からツッコんでいいのか私理解らないよ。ねぇ宝珠、きみ生きてる?」
宝珠の目の前でひらひらと手を振る藍飛だが、宝珠は目を見開いたまま微動だにしない。
「まぁ、宝珠様の反応が普通だろうな」
「うーん、こればっかりは俺の男装が完璧すぎるばかりに申し訳ない」
「妙に話し方慣れてるし、混乱するね!? え? 本当にヒナタ殿、だよね……?」
訝しげに聞いてくる藍飛にヒナタはニッとどこか悪戯っぽく口角を上げた。
その立ち振る舞いや口調は完全に男として成立している。これでは間違いなく、街ですれ違った程度ではヒナタだとは認識できないだろう。
「そうですよ~ちゃんと対策するから大丈夫だって言ったでしょ?」
「対策の方向性が我々の予想から外れすぎているよ!」
「誉め言葉、ありがとーございまーす」
「……ねぇ宝珠。どうやら私、褒めていたらしいよ」
疲れた声色の藍飛が投げやりに宝珠に声をかければ、息を吹き返したように宝珠がゆっくりと瞬きをした。
「……ヒナタ?」
「はい。あ、でもこの姿の時は“カナタ”って名乗ってるので、男装してる時はそう呼んでくださいっ」
弾むようなヒナタの声に、宝珠は一瞬ヒナタの足元にいるルークへと視線を落とした。
双子たちは二人揃って漆黒の瞳をしているが、髪色は男女で違う。
アステリアはヒナタと同じく栗色の髪。
そしてルークは、灰色。それはつまり……
(亡夫の……ロイド殿の色か)
その瞬間、わずかに走った胸の違和感に宝珠が眉を寄せたが、一度の深呼吸ののちにそれを振り払う。
「……花街に入る以上、勝手に突っ走るな。必ず目の届く範囲にいろ」
「あれ? 宝珠様ならもっと止めてくるかと思ったのに」
「本当にいいのかい? 宝珠」
やけにあっさりとカナタを認めた宝珠に、ヒナタも藍飛も拍子抜けしたような表情を見せる。
それに対し、宝珠はやけに大きなため息をついた。
「私が止めて、そなたが止まったことがあったか?」
その言葉に、ヒナタは屈託なく笑って身をひるがえした。
「じゃあ、さっさと行きましょう! 藍飛様、俺がおねーさんたちを独占しても許してくださいね!」
やけに自信満々な様子で玄関先まで子供たちと向かったヒナタは、歩幅も歩き方も完全に女の時とは違いもはや面影さえ探せない。
そんなヒナタたちが今から向かうのは、唯一、王都の夜をきらびやかに彩る男たちの饗宴の地・花街。
その中に彼女を放り込んで何ごともなく終わるはずもなく、宝珠らはため息と共に腹をくくるしかなかった。




