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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第二章

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第82話 宝珠の受難



 「――ということがあったんです」



 帰りの御者車(ぎょしゃぐるま)の中で、ヒナタは清院(せいいん)地下で起きたことを宝珠に話した。

 四人乗りの車内には、ヒナタの隣にはライが座り、反対座席には宝珠がいる。

 


(書庫へ行き星解きの巫女と謁見しただけなのに、なぜ首だけの守神と戦闘して赤と金の歪みの解明まで手が伸びているんだ……)

 

 

 ヒナタの話を聞いた宝珠は思わず額を押さえた。


 毎度おなじみになったその疲れた表情からは、何か言いたげなオーラがヒシヒシと伝わってくる。

 


 「そなたは、本当に外へ出るたび……」

 「いや、それは用事がある時しか外に出ないからじゃないですか! ねぇライ!?」

 「すいません、宝珠様。これはもうヒナの性質なんで」

 「もー! Lynx(リンクス)のくせに裏切った――!」

 「愛してるぜ?」

 「それは知ってるー!」



 不貞腐れるヒナタの頬を、ライはくつくつと笑いながら指先で宥めた。

 近すぎる二人を見ても何も言わなかった宝珠だが、いきなり眼前にヒナタが迫り、わずかに柳眉を寄せる。


 

 「とーにーかーく! この国の歪みの根本が分かったんです!」

 「近い」

 「大丈夫です! そんで宝珠様のその金髪金眼が初代黎主と同じ、金の狼の祝福なんじゃないかというのがあたしと璃嵐(リラン)様の今日の結論になりました! 以上です!」



 一体何が大丈夫なのかと呆れ気味に宝珠はため息をついた。

 

 御者車に乗り込んだ時点で、宝珠の顔を覆い隠す布はヒナタにはぎ取られ、今は整いすぎた超美貌が夕日に晒されている。

 それを見たヒナタは先ほどまでとは違って、どこかうっとりと宝珠を眺めた。



 「うへへ、夕方なのに宝珠様、綺麗。美人。今日一日頑張ってよかった」

 「そうか、それは良かったな。ところでそんな重要な話を私にしても良かったのか?」

 「あはは、流された~金の話なら宝珠様も他人事じゃないですし、相手さえ選べば話してもいいと璃嵐様から許可もいただきましたから」


 

 言葉を流す宝珠には気にも留めず、話を続けたヒナタは思い出したように小さく声をあげた。



 「そういえば、璃嵐様からちょっと面白い話を聞いたんです」

 「なんだ?」

 「――人攫いの件です」



 それを聞いて宝珠の金色の瞳が薄く怜悧さを帯びる。

 人攫いと言えば、ヒナタの子供たち――ルークとアステリアも、二度も攫われかけたことがあるのだ。



 「璃嵐様にまで報告が届いてるみたいなんですが、特に花街方面で人攫いが横行しているんですよね?」

 「そうだな。花街にも何度か捜査が入ったようだが、あまり進展はないようだ」

 「なるほど。じゃあ行きましょう!」

 「………………は?」



 ぐっと両手を握って目を輝かせるヒナタとは対照的に、ライが額に手を当て天井を仰いだ。



 「ヒナ、言葉が足んねぇ。そこで“そうだな行こう”とは宝珠様もなんねーだろ」

 「ん? 宝珠様は花街に行かないんです? おねーさんたちに興味ない?」

 「そうじゃねーなぁ……」


 

 ヒナタの言葉遊びにライが脱力して座席に沈みこむ。

 そんなライに、ヒナタが口元に指先を当ててくすくすと笑った。



 「ふふ、まぁ半分くらいは冗談だよ」

 「半分は本気かよ」

 「そりゃ宝珠様だって適齢期の男性だし、別に遊ぶ分くらいはいいでしょ」

 「……私が行くと思ったのか?」



 驚きに固まっていた宝珠がなんとか言葉を吐き出すが、それが精一杯だった。

 それに対してヒナタが目を丸くする。



 「え、行ったことないんですか!? 一度も!?」

 「なぜそなたがそんなに驚くんだ」

 「だって夜のお店ってお酒も飲めて、おねーさんといちゃいちゃできて楽しいじゃないですかぁ!」

 「だからなぜそなたがそれを言うんだ……」

 「すみません、宝珠様。俺らの国では、その、女性も花街的な場所に行くというか……」

 「………………は?」



 何度目かのライの謝罪と苦笑、そして宝珠の戸惑いが狭い車内に交錯する。

 黎煌国では花街は完全に男の楽園であり、そこにいる女といえば妓女か妓楼の関係者のみ。

 

 だが、なんとなくそういうものかと宝珠の思考が一瞬、曖昧になった。

 男の園があるのなら、世界を探せば女の園もあるのだろう、と漠然とした思考があることに宝珠は気づき、訝しげな視線をヒナタに向ける。



 「……“同調”したな?」

 「えへへ、バレました? でも説明するより早いかなぁって」



 悪戯っぽく笑うヒナタに宝珠はため息をつく。

 こんなにも自然に同調されてしまうと、どこからどこまでが自分の常識だったかが本当に分からない。

 


 「でもこれは宝珠様だけの同調ですよ! 大丈夫、ちゃんと対策してから行きますから!」


 

 やけに自信満々なヒナタに、もう止めても無駄だと宝珠は悟った。

 こうなると次に宝珠が取れる手段は、いかにヒナタが起こす波乱の被害を最小限にできるかということだけだ。



 「なぜ花街に行きたがる」



 宝珠のその一言に、ヒナタの雰囲気が変わる。


 目元と口元に緩く弧を描く蠱惑的な微笑み。

 

 その茶けた瞳がまっすぐに宝珠を見て、それからにっこりと笑った。



 「今後の平和的生活のために、ちょっと人攫いの一味は潰しておこうかなって♡」

 「……」



 全く平和的解決にならなさそうな答えに、宝珠は深くため息をつくしかなかった。


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