第78話 秘された過去(2)
「――ヒナタよ」
沈みかけたヒナタの思考を璃嵐の声がすくい上げる。
「黎主はもう、長くはない。呪いが心臓まで届けばあの子は死ぬじゃろう」
「……どのくらいの猶予があるか、分かりますか?」
「歴代黎主は皆、四十前後で身罷る。あの子ももう三十五じゃ。そう多くの猶予もあるまいて」
黎主をいくども“あの子”と呼ぶ璃嵐。
一国の王に対するにはあまりにも不敬にも思えた。だが、その呼びかけに込められているのは紛れもない情愛だ。
「璃嵐様と黎主は、何かご関係が……?」
ヒナタの言葉に璃嵐はふっと表情を和らげる。
まるで木漏れ日のような柔らかい漆黒の瞳に、少しの切なさが滲んだ。
「弟じゃよ。血は半分しか繋がっておらぬがな」
「……弟?」
思わず確認するようヒナタが聞き返せば、璃嵐は静かに頷いた。
「あぁ、歴代黎主は四家から一人ずつ妻を娶るのが習わしでの。妾の母は春家の娘、黎主の母は夏家の娘。いわゆる、異母姉弟というやつじゃ」
「それなら、璃嵐様も王族……」
「いいや。女は皆、生まれてすぐ王族としての身分を剥奪され、この清院で育てられるんじゃ」
ヒナタが言い終える前に、璃嵐がゆるく首を振って否定する。
「ここにおるのは、星解きの巫女である妾と、王族としての身分を剥奪された巫女見習いの黎主の娘たち。あとは世話役の上級巫女しかおらなんだ。王家の血を外に出すわけにはいかんから、一生をここで過ごすことになるの」
ヒナタは一瞬かける言葉を失う。
跡継ぎにならぬ女はいらない。かと言って王家の血を安々と降嫁させたくもない。
その結果の受け皿が祀省の最奥、清院という鳥籠。
それは“女”という人権を無視した行いではあったが、ヒナタは異を唱えなかった。
口元に指先を添え、少しの思案ののち、璃嵐に向き直る。
「祀省にはそういう側面もあったのですね……大丈夫です、璃嵐様。決して口外はいたしません」
「そうしてもらえると助かるの。これは呪いと共に秘された話じゃ」
こくりとヒナタは頷いた。
身分を剥奪された娘たちに思うところはあるが、それが土地々の風習やしきたりである以上、調律士は必要以上に関与しない。
銀河で培われた常識は、大半の裏律界では非常識になるのだ。
ふいに、脳裏にライからの思念会話が飛んだ。
(ヒナ。地下だ)
(……地下?)
その短いやり取りだけでヒナタは察した。
「……璃嵐様」
「なんじゃ?」
「その切り落とされた守神の首、この清院の地下に祀られているのでは?」
「!」
璃嵐が息を呑むのが分かった。驚きに固まる彼女に、ヒナタはライの存在を明らかにすることを決める。
「コードネアは、ついこの間まで農民だった、商人だったなんてことも珍しくありません。だから私たちにはLynxと呼ばれる補佐を兼ねた専属護衛が付きます。彼らのお陰で私たちは迅速な調査と対応ができ、今回のように地下を探し当てることもできるんです」
「だが今そやつはおらなんだろう?」
「いいえ」
そう言ってヒナタは璃嵐に左手薬指の指輪を見せた。
それはかつて、ロイドから貰った婚約指輪だ。
「この指輪がある限り、コードネアとLynxが離れることはありません。今まではちょっと事情があって紹介できませんでしたが……ライ」
そう名を呼べば椅子の背後に気配がし、璃嵐がさらに目を丸くした。
ライが頭を下げると同時にヒナタが璃嵐に向き直る。
「紹介します。彼が私の専属護衛です」
「お初にお目にかかります、星解きの巫女・璃嵐様。ライと申します」
いきなり現れた男の姿に目を白黒させた璃嵐が、数十秒後に「はは」と乾いた笑いを漏らした。
「こ……これはまた驚いたの。いきなり人が現れよった……」
「彼はアンドロイドと呼ばれる人の手によって造られた人工生命体です。この国でなら“からくり仕立ての人形”、と言ったほうが分かりやすいかもしれません」
「人形?」
「はい。人のように親から生まれるわけでも、血肉があるわけでもない。あくまで人間に似せた存在です。なので普段はこの指輪の中で生活してます」
「なんじゃと!? そんな小さなものの中にか!?」
身を起こす璃嵐にヒナタはそっと手を差し出した。
まじまじと指輪をみる璃嵐。だが、見た目から分かるのは宝石一つだけがついたシンプルな指輪ということだけだ。
「ちなみに、こうやって紐を出すこともできますよ」
「おぉ!」
指輪の腹部から引っ張り出したのは薄緑色に発光するナノカーボン複合ワイヤー。
それに璃嵐は興味津々と目を輝かせる。
「これがあったから以前塔に幽閉されかけた時も脱出できました。結構使い勝手がいいんです」
「あぁ、あの時の……なんじゃ、調律士とはそんなにも危険な職なのか?」
「まぁ、護衛一人だけ連れて他の惑星に乗り込みますからね。命の危機に晒されることもありますよ」
そう言ってヒナタはしゅるりとワイヤーを引っ込め、名残惜しげに見る璃嵐に微笑む。
「だから、大丈夫です。私はこう見えても指折りのコードネアで口も固いです」
「くふふ、それは頼もしいの。じゃが、それを自分で申すか?」
「事実ですから。なので、確認のためにもその守神に会わせていただけませんか?」
清院の地下に三百年も祀り続けても尚、悲しみで雲を染め上げている呪いの根源。
それをヒナタは、どうしても確認しなければならなかった。




