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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第二章

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第76話 机上の空論外の存在


 律嘉(リツカ)の視線を背中に感じながらも、ヒナタは手元の書物に意識を落とす。

 聞こえていないと思われた律嘉と王麟(オウリン)の会話は、ライの集音センターによってヒナタにも届いているのだ。



 (王麟様に同調はバレてるね)

 (まぁ、同調作用は個人差が強いからな。警戒心が強いやつほどかかりにくい)

 (一気に沈めれば楽だけど、そうなるとあとで報告書書かないといけないしなぁ……)

 (“同調圧政は事実上の支配であり、多用すべきではない”ってやつな。勢力拡大に余念がない銀河が何言ってんだか)



 普通のアンドロイドなら決して言わないような苦言をライは平然と口にした。

 思考制限されている一般アンドロイドとは違い、自立型アンドロイドはどこまでも人に近い判断ができるのだ。

 

 最初こそは彼らにも思考制限が設けられていたようだが、あまりにも多くの機体が自ら制限リミッターを破壊しようとしたため、現在は主である調律士(コードネア)に管理権限が一任されている。

 

 唯一、彼らの意思に反するシステムが作動するのは、コードネアが最悪の事態に陥った場合――主を殺し、自爆する時だけ。

 

 世界を調律するコードネアが“歪み”そのものになる前に処分する。

 

 誰よりも主人を愛し守り抜くという使命を受けながらも、相反する定めを課せられた護衛アンドロイドたちは、この矛盾したプログラムのせいで銀河機関をよく思っていない。


 

 (まぁ、体裁は大事よねー。あくまで同等の関係で同盟締結して、銀河ネットワークの発展を目指しましょうってやつ)

 (他の惑星からしたら完全に侵略だけどな。それを同調で誤魔化して、コードネアを飼い殺して。ノラネアになるのも当然だろう)

 (ノラネアか……まだ銀河共生機関(GCO)に捕まってないバディもいるし、あたしたちも逃げる? って言いたいけど、救助信号が見つかっちゃったしなー)


 「……ヒナが本気で逃げるなら、俺は銀河を敵に回しても構わない」



 思考会話(ブレインリンク)ではなく直接言葉を口にしたライに、ヒナタはほんの少し目を丸くする。

 視線を向けないその横顔には確かな覚悟が滲んでいて、ヒナタは困ったように微笑んだ。

 

 

 「だーめ。子供たちも連れていかなきゃだし、ライの力もあたしの力も使えなくなっちゃう」

 「物理があるだろ」

 「あるけどさー。でもこの国で同調と調律を使っちゃったから、いずれは銀河に捕捉されるよ。逃げるなら、ここにはいられない。星間ワープもないのに他の惑星に移動なんてできないでしょ」

 

 

 そんなこと、言わなくてもライなら十分に分かっていることだ。

 それでも、どのLynx(リンクス)も一度は考えただろうノラネアとしての逃亡。

 

 残酷な宿命から主であるコードネアを解放し、静かに健やかに生きてもらいたいという思いは、悲しいことに人ではなく、彼ら護衛アンドロイドたちのほうが強いのだ。


 

 「――また面白そうな会話だね。お姫様は宝珠を捨てるのかい?」

 「んえぇぇぇ! ヤですよー!」



 突然現れた王麟にヒナタはやや大げさに叫んで、しんみりとした空気を吹き飛ばす。



 「あんな綺麗で頭も良くて、何だかんだ面倒見のいい宝珠様を捨てるなんてもったいないじゃないですかー!」

 「……おや、宝珠の姿を見たことがあるのかい?」



 僅かに張り詰めた空気に、ヒナタは本を手にしたまま首を傾げた。



 「ありますよ? 宝珠様美人ですよね、大好きです」

 「うん、異邦人のもの言いは実に真っ直ぐだね。……そうか、あいつの姿を見ても側にいてくれるのか」

 「もちろんですよ! 大体、金髪なんて私の国では普通ですし!」

 「……そうなのかい?」



 それは王麟にしては珍しく本音だった。

 

 黎煌国は黒髪文化だ。

 ゆえに宝珠の金色はあまりにも眩しく、異端に映る。

 

 しかし、目の前のヒナタからはそんな偏見思考は一切感じられない。

 

 

 「至って普通ですね。なんなら金髪や銀髪、赤髪や青髪だっていますし、大きさや寿命、種族だってみーんな違いますよ?」

 「それは……異形では?」

 「違いますよ。ちゃんと意思疎通できる種族とは仲良くできますし、いい人や悪い人がいるのはどの種族も一緒です。なんせ宇宙(せかい)は広いですからね。まぁ、一生外を知らずに生きることも珍しくないですから、びっくりはしますよね。でも生まれなんて誰にも選べませんから」



 ――生まれは誰にも選べない。

 ヒナタのその言葉が律嘉の胸に刺さる。

 

 宝珠も律嘉も、この閉鎖的な黎煌国で生まれを選べなかった。

 四大貴族の嫡男として生まれても、最下層の貧民に生まれてもその扱いは変わらず、何もしなくとも蔑まれる。

 

 それでも初めて聞いた見知らぬ外の世界に、律嘉は羨望にも似た声色で尋ねた。



 「あんたの国には、差別はないのか?」


 

 控えるよう立ちすくんだ律嘉は、言葉遣いが変わったことにさえ気づいていない。

 それを気にすることなく、ヒナタは本を片付けながら視線の端で律嘉を捉えた。


 

 「あるよ。残念だけど人が営みを続けていく以上、それはなくならない。誰かの正義は、誰かの悪だからね」

 「誰かの正義が……悪?」


 

 ヒナタを見てくるといいと言った師・清淵(セイユァン)の顔が浮かび、心の中がざわつく。

 

 今まで自分が学んできたことが机上の空論のように崩れそうで、警戒の中に言いようのない戸惑いが交じった。

 

 そんな律嘉を見て、「ほら、やっぱり可愛い」とブレインリンクでライに伝えたヒナタは、このあと拗ねた彼のご機嫌取りをすることをまだ知らない。



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