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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第二章

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第74話 大書庫


 道中、律嘉(リツカ)との会話はなく、ただただ無言のまま朝廷内を進む。

 歩幅など一切考慮しない背中を見据えながら、ライは不機嫌さをその眉間に忍ばせた。


 

 (ヒナ。こいつシメていいか?)

 (だーめ。ツンケンしてて可愛いでしょ?)

 (どう見ても可愛くはねぇだろ。それなら俺のほうが百倍可愛い)

 (ふふ、そうだねぇ~うちのライは可愛い可愛い♡)



 脳裏に直接聞こえるライの不平不満に、ヒナタは小さく笑いを噛み殺す。

 

 仮にも案内役を任された人間がこうも敵意剥き出しでいいものか、とは思うが、どう見ても律嘉は高等学部(マスターアカデミー)に入学したてなくらいに幼い。

 


(黎煌国では十五が成人らしいし、まだそれくらいなんじゃない? 可愛いよね)

(だから可愛くねぇ。大体、宰相候補生なんだからもっとうまく立ち回れねぇと駄目だろ)



 ライの呆れにヒナタは口元を緩めるだけに留めた。

 そんなやりとりが密かに交わされてるとも知らず、律嘉はこの案内役を申し付けた師でもある(セイ)(ユァン)の言葉を思い出し、思わず顔をしかめる。


 

 ――彼女は君に不足しているものを持っているから見てくるといい。


 (清淵様も清淵様だ……僕になくて、こんな怪しげな女人にあるもの?)


 

 そんな思考に囚われた律嘉は、さらに歩調を早めてしまう。

 

 幼い時から律嘉は、見目が良く、一度目を通した書物を暗記できるほどに優秀だった。

 貧民生まれながらも周囲よりも頭一つも二つも抜きん出た律嘉は、その美貌と才を買われ下級貴族となり、宰相候補生にまで昇りつめる。だが、その過程で早々に律嘉は悟った。


 生まれながらの(とうと)き血など、所詮飾りなのだと。


 いくら血筋が良かろうと、ほとんどの人間は律嘉に及ばない。

 貧民生まれと嘲られようとも、周囲から孤立しようとも、律嘉を止める理由にはならなかった。

 

 

 (やっぱり信じられない。本当にこんな女人を宝珠様が見初めたのか?)


 

 そんな中で、清淵や幼少期から関わりのあった静阿、そして宝珠の存在だけが律嘉にとっての特別だった。

 

 律嘉にとって、宝珠はある意味親近感ある存在だ。

 貧民生まれながら類稀なる才で宰相候補生になった律嘉と、忌み子と冷遇されながらも難関の法部律査局の中級役職にまで実力一つで昇りつめた宝珠。

 

 そんな宝珠のことを律嘉は心から尊敬し、仕事を共にすることで名呼びの機会も与えられた。

 だが、師である清淵同様に宝珠もこの異国人に傾倒していると聞き、それがまた律嘉の意識を逆撫でる。

 

 渦巻く感情を抑え、ヒナタたちを書庫内に案内したところでふいに後ろから戸を軽く叩く音がした。



 「――やぁお姫様。ライも久しぶり」

 「王麟(オウリン)様!?」

 


 赤みを帯びた緩やかな黒髪を肩に流し、気だるげで艶のある視線を送る麗人が扉の前に立っている。宝珠の直属の上司、律査局長・王麟だ。

 

 どうやらノックは内側からしたようで、ライのセンサーによればヒナタたちが書庫に来る前からすでにいたらしい。

 扉に預けていた体をゆっくり起こし歩み寄る王麟に、律嘉が頭を下げ礼を取る。

 

 

 「()修士生も突然案内を頼んで悪かったね」

 「いえ、構いません」

 「今、宝珠は法司(ほうじ)昇任がかかっていてね。宰相閣下もあいつの点数稼ぎに協力してくださってるところなんだけど、よりにもよって今日とはね」

 「もう上級役職に、ですか? 宝珠様は律官になられてまだ二年と聞きましたが」



 大きな目をさらに丸くした律嘉に、王麟はさも当然といわんばかりに笑みを浮かべる。



 「アレがとっとと律査局長になってくれないと、僕が法部長官になれないだろう?」

 「……法部長官候補は他にもいらっしゃるはずですが、さすがの自信で」

 「当然だよ。だって僕だからね。それに、宝珠も身を固める相手ができたことだし、少しはやる気出さないと……ね?」



 そう王麟に微笑まれたヒナタは、首を傾げることで曖昧さを貫く。

 これが偽りの婚約だと知れたらと一瞬よぎったが、あまりにも面倒そうですぐにその思考は放り捨てた。璃嵐(リラン)との約束の時間も差し迫っているのだ。



 「ここにある書物は()()閲覧しても?」

 「もちろんです。ただし、時間は四半刻ほどしかありませんが」



 初めて会った時に互いの素は見ているが、子猫のような警戒心の強い律嘉を立ててヒナタもよそ行きの口調を崩さない。そうしてそのまま、ライに視線だけ送った。



 「どうする?」

 「そうだな、ひとまず普通に見るか」

 「冊数は?」

 「9852。約一万冊だな」

 「……は?」



 会話の意図が掴めず、律嘉の口から乾いた疑問がこぼれる。

 普通に考えれば、そんな細かな蔵書数を言い当てるなどありえないことだし、それがまた合っているのが衝撃だった。

 

 だがそんな律嘉に構うことなく、ヒナタとライはそれぞれの書棚に向かう。


 

 「じゃ、時間もないことだしとっととやるか」

 「はーい。あとで同期してねー」

 

 

 軽やかに交わされる会話に理解が追いつかないのか、動揺した律嘉の視線が背中に刺さる。

 だがこれは、あくまで時間つぶしのパフォーマンス。


 なぜならすでに、約一万冊に及ぶ蔵書は最初に数を把握した時点でスキャン完了しているからだ。

 しかしそれを知らない律嘉にとっては、これが、さらなる衝撃の始まりだった。



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