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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第二章

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第72話 収入源は大事


 

 「――それで、これは一体どういうことだ?」

 「あたしの収入源ですっ」

 


 嬉しそうに声を弾ませるヒナタに、宝珠は無言のまま額に手を当てた。

 

 破天荒すぎるヒナタの行動力はとうに理解している。だが、最近の彼女が持ち込む事案は手持ちの頭痛薬や胃薬だけでは到底足りないものばかりだ。

 

 そう頭を悩ませる宝珠を前に、(リン)商会の若旦那夫妻――静阿(セイア)(シュエ)は鼻息荒く目を輝かせる。



「宝珠様! これはもはや革命ですよ! 革命!」

「えぇ! ヒナタ様旋風です!」

「そんなもの起こさなくていい……」


 

 仮にも貴族の婚約者が商売に関わっていると知れたらどうなるか、貴族相手の商人たちのほうがよく分かっているだろうに。

 

 心労著しく、深いしわを眉間に寄せる宝珠の手元には一枚の契約書があった。

 ヒナタがこの黎煌国に来てから作り上げたシャボンソープやスキンケア商品の販売許可を求める売買契約書だ。

 

 ちらりとヒナタに視線を向ければ、当の本人は試作品として持ち込まれた商品に興味津々で、宝珠は無意識に深いため息をつく。

 


 「……確かにある程度は好きにさせてきたが、これはあまりにも危険が多い」

 「ご安心を宝珠様! 今回のことを知っているのは私と妻だけ。万全の体制で秘密は厳守いたします! えぇ林商会の名に賭けてっ!」

 「シャボンソープはヒナタ様の提案通り、共通の香りを三種類。さらに貴族向けとして薔薇と甘菊カモミール迷迭香(ローズマリー)を組み合わせた香りを二種類。いずれも少量、個数限定で販売していく予定です」

 「薄荷、柚子、林檎……うん、薔薇もカモミールもすごくいい香りだし、容器もお洒落! さすがは雪さん!」

 「ありがとうございます。すべてはヒナタ様発案のお陰です」

 

 「……そなたら……」



 盛り上がるヒナタと雪に、宝珠は何とも言えない表情を向ける。

 とはいっても来客のため布を被っているので表情は見えないのだが、その声が如実に疲れを発していた。



 「金なら不要だろう」

 「それは宝珠様のお金であってあたしのお金じゃないですもん」

 「何が違う」

 「宝珠様から貰ったお金で宝珠様に貢いでどうするんですかっ!」

 「……貢がなくていい」

 「むー! とにかく自分のお金じゃなきゃ安心して使えないんですよー!」



 そんなヒナタと宝珠のやりとりを林夫妻は見定めるよう静かに眺めた。

 夫妻揃ってヒナタに会ったのは、彼女が宰相・清淵(セイユァン)に会うため参朝した日のことだ。


 あの時もこんな小気味の良いやりとりをしていたが、どうやらこの会話は屋敷でも日常茶飯事のことらしい。



 (宝珠様は、藍飛(ランフェイ)様が絡まなければものすごく静かで冷静な方なんだけど……意外とこっちが素なのかな……)



 名呼びの許可は得ているが、静阿もそう多くは宝珠と会ったわけではない。

 基本的に御用聞きに来るのは商会の別の人間で、それに対応するのも宝珠邸の家人の()母娘。


 だがどうやら宝珠は、飲み友達の藍飛が言うように“ああみえても結構面白い男”だったのかもしれない。

 


 「――宝珠様」



 静阿のその呼びかけにヒナタと宝珠の視線が向いた。

 彼はゆるっと瞳を細めたまま、にこやかに卓に並べられた品を見せるよう手を広げる。



 「確かに宝珠様の危惧された通り、貴族の……しかも四大貴族の婚約者様が商いなど外聞が悪いにも程があります。ことが露見すれば、経済的に落ちぶれたとの噂が立ち、仕事や生活までも追いやられることでしょう」

 「え……!?」



 まさかそれほどの被害を(こうむ)るとは思わずヒナタは宝珠を見る。だが宝珠の視線は動かず、それを確認して静阿は続けた。



 「ですが、我が商会を侮らないでいただきたい。先ほども申し上げた通り、この秘密は私たち夫妻が墓場まで持っていきます。大変ありがたいことに商品の製造から販売までをも一任させていただきましたし、この商品の発案は妻・雪ということにして欲しいとヒナタ様から伺っております」

 「……何?」



 発案ごと他人に譲渡するとはいささか不用心にも思え、そんな視線を向ければヒナタはきょとんと首を傾げる。



 「だってあたしにはこの国の知識が足りなさすぎますもん。かといって一人で販売するだけの量を作ることも不可能です。それなら製造と販売は商会に一任して、あたしは使用料(ロイヤリティ)だけもらうのが一番だと思ったんですよね。それなら今後、シャボンソープも手作りしなくて済みますし」

 「……静阿が言うには、革命的商品だそうだが?」

 「えー? いいですよ別にー。銀河じゃ珍しくないというか、どっちかといったら廃れかけのものですからー」



 ぱたぱたと無欲げに手を振るヒナタ。だが本当に“珍しくない”ことなのだろうと今までの経験で宝珠は察した。

 今聞いた話ならばヒナタが表舞台に立つことはなく、ここだけの話にしてしまえなくもない。

 そう考えて改めて宝珠はヒナタに視線を向ける。

 


 「……本当に必要か?」

 「絶対必要です!」



 両手をぐっと握りしめ目を輝かせるヒナタに、宝珠は諦めたように筆に手を伸ばした。


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