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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第二章

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第66話 お試しあれ


 結局ヒナタの言葉を無視できず、宝珠は適当に髪を拭いたまま応接間へと向かった。

 存外自身の見た目に無頓着な宝珠は、髪の手入れが楽になったとは思っても、その艶が増したことにも、蒸し風呂の薬湯がヒナタお手製のものに変わったことにも気づいていない。

 


 「あ、来た来た」



 廊下で待っていたヒナタが笑顔で手招きする。

 近寄れば、応接間の入口上部には先ほどまではなかった何か棒状の器具が取り付けられていた。

 


「……なんだこれは?」

「ふふふ、通ったら分かります。 ちょっと風が吹きますけど危なくはないんで!」

「ほーじゅさま、こっちこっち」

「でもさいしょは、ほうじゅさまもびっくりするかも」


 

 応接間にいる子供たちも、くすくすと悪戯っぽく笑う。

 やや訝しげな表情を浮かべた宝珠だったが、棒一つで何かあるまいと無言のまま戸をくぐった――その瞬間。


 

 「!?」

 


 温かなそよ風が全身を包み込む。

 そのわずかな風が体を通り抜けた時には、先ほどまで首に張り付いていた濡れた髪の感触が一気に消えていた。

 肩に流したままの髪を手に取り、思わず宝珠から声が滑り落ちる。


 

 「乾いて……?」

 「ふふ〜びっくりしましたー? これ、速乾気流(エアドライゲート)っていって全身を一気に乾かせる道具なんです。普通は脱衣室に設置するものなんですけど」

 「ほらみて! リアのかみも、もうかわいてるの!」

 「ねぇほうじゅさま。どうしてこのくにのひとは、みんなほうじゅさまみたいに、かみがながいの?」



 ルークの素朴な疑問に、宝珠は一旦驚きを引っ込め、改めてヒナタたちと自国との文化の違いを考える。


 

 「そうだな……長い髪を美しく維持するには時間も金もかかる。それが出来るということは生活に余裕があるということだ」

 「……よゆう?」

 「頑張らなくても出来る、ということだ」

 「がんばらなくて、かみをキレイにするのをがんばるの?」

 「んー?」



 首を傾げる子供たちに、ヒナタは目線を合わせるよう腰を下ろした。



 「普段のリアは、それこそエアドライもだけどシャンプーやトリートメントで髪を綺麗にしてるでしょう?」

 「うん」

 「でもここにはそれが全部ないの。だからこの国で綺麗に髪を伸ばすのってすごく難しいんだよ。難しいから、それが当たり前に出来る人はすごいねーって話」

 「じゃあ、ほうじゅさまはすごいんだ!」


 

 軽やかな子供たちの声を聞きながら、宝珠は何となしに自身の髪へ視線を落とす。

 

 黎煌国では男女問わず髪が長く、乾かすだけでも最低三十分はかかる。そのあと櫛通しをして油で艶出しまですれば、一時間二時間とかかることも珍しくない。


 ゆえに各家や集落ごとに蒸し風呂日が決まっており、その日の仕事は半休になるほどだ。

 しかし銀河の技術力の前では、それは瞬きよりも早く済んでしまうらしい。

 


 「ねぇねぇママー。ママのかがみでカラチェンしちゃだめー?」

 

 

 いまだ状況を把握できない宝珠の耳に、アステリアの声が飛び込んだ。

 “かがみ”という単語から何気なく目線を向ければ、卓上に置かれてあったものに再度宝珠は息を呑む。

 

 鏡だ。

 しかも一般流通してるくもりがちな青銅鏡でも、最新のガラス製でもない。吸い込まれるような光沢と三面構造で映し出す鏡など、この国のどこにも存在しないだろう。

 そんな稀有なものに、幼いアステリアは当然と触れている。



 「えー、それはさすがに宝珠様びっくりするかも」

 「ちょっとだけ! いろをかえてあそぶだけだもん〜」

 「でもその色変え技術がこの国には……って、あ……でも」



 何か思いついたようにヒナタが卓に寄り、鏡を手に取る。

 この万能美容三面鏡(パーフェクトミラー)には、美容効果だけではなく、一時的に髪色や眼の色を変えてお洒落を楽しむカラーチェンジという機能があるのだ。



 「……いいよ、リアは何色にする?」

 「ピンク!」

 「ピンクね。でも、びっくりさせちゃうから三分だけだよ」


 

 ヒナタが慣れた手つきでモニターを操作し、鏡をアステリアに手渡す。それから先はやはり一瞬だった。


 僅かに髪が浮き上がり、次いでアステリアの栗色の髪と漆黒の瞳は鮮やかな桃色へと変わっていく。見たことのない色彩の変化に、宝珠の目が見開かれた。



 「かわいいー! ありがとう、ママ!」

 「リア、ピンク好きだもんね」

 「うん!」



 色替えをしてご機嫌なアステリアは、髪を見せびらかすようにくるりとその場で一回転する。

 その理解を超えた衝撃に宝珠の視線はアステリアに釘付けだった。

 

 だからこそ、気づかなかった。

 先ほどまでアステリアの手元にあったはずの鏡がなくなっていることに。



 「宝珠様、宝珠様」



 呼ばれるまま視線を向け、宝珠は固まる。

 

 ふわりとヒナタの肩に付かないほどの短い髪が揺れた。

 そこで見たのは、もはや見慣れた栗色の髪ではない。

 宝珠の忌み子としての象徴――金髪金眼に色替え(カラーチェンジ)した、見慣れても見慣れないヒナタの姿。

 

 最大限に目を見開く宝珠に、無邪気にヒナタが笑う。

 


 「ほら、金髪って可愛いですよね! 今回は素直に可愛いって言っていいと思うんです!」



 それはいつも通りのヒナタの軽口なのに、息を呑んだまま言葉が出てこない。

 言葉に詰まった宝珠は、それ以上何も言うことができなかった。

 

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