第59話 宵の宴(3)
宴席は何事もなく続き、眠くなった子供たちを連れヒナタは一時席を外した。
男だけが残された宴席の話題は、酒が入っていることもあって少々下世話なものへとなっていく。
「ところで宝珠よぉ。お前、姫さんと何かあったか?」
「期待されてるようなものは何も」
「何も? お姫様の文化は開放的なのに、お前、流されたりしないの?」
「え? まじか? そうなのか藍飛?」
「そう、ですね。確かにヒナタ殿は人との距離は近いですが、ちゃんと見極めてますよ。ある程度は計算しているんでしょうね」
各々酒を飲みながら、男四人で交わされる話は続いた。
「なるほどなぁ。けどさすがの俺も、姫さんが春画を見て興奮しないって言い切った時にはマジでビビったな」
「あんなもの放置してるお前たちが悪いだろうに」
「さすがにヒナタ殿を呼ぶ前に片付けたかと思いましたが、まさかあのままだったなんて……」
「日課訓練にもこねーお前が言うな! そういう台詞はまずは朝来てから言えやっ!」
「……」
会話に巻き込まれないよう、宝珠はただ静かに酒を口にする。
確かに春画を見た時のヒナタの反応は宝珠にとっても完全に想定外だった。あれが防ぎようのないことだったと分かっても、今でも夢に見そうなくらいだ。
「そういえば、お姫様が着ていた異国の服ってどんなものだったんだい?」
せっかく話題から逃げようと思ったのに、王麟の目が逃さないとばかりに宝珠を捉える。その瞬間、宝珠の頭の隅にあの時のヒナタのスカートがふわりと揺れた。
ロングスカート風のショートパンツからのぞく素足に、肩や腕が透けるほど薄いシアーシャツ。
妓女でさえこんな格好はしないだろうと思ったあの時の衝撃を、宝珠が忘れることはない。
それが表に出なかったのは、あまりにもヒナタが恥じらうことなく自然体だったからだ。
あの夜、遠回りの散歩という夜間巡回に付き合わされたが、ヒナタと出会ったのが宝珠たちではなかったら大変なことになっていただろう。
「興味がおありなら、本人に言えば着替えてくるはずですが」
「おや、つまらない。じゃあやめておこうか。藍飛曰く、内衣姿らしいしね」
「宝珠はよぉ、もうちょっと姫さんに興味持ってやったらどうだぁ?」
「見張ってはいます」
「動物かよ。そうじゃなくて、婚約者の内衣姿を見せたくねぇって言えばいいだけだろうが」
「……」
見せたくないというより、直視できない。その言葉を飲み込んだ時、外廊下の先から子供たちを李姜らに託すヒナタの声がした。
ご機嫌なまま渡り廊下から手を振り、涼亭まで戻って来るヒナタを視界に捉えた時、ぞくりとした悪寒が走る。
まるで、風がやんだようだ。
「――探しましたよ、私の女神」
「……!」
池に囲まれた涼亭へと向かう渡り廊下の途中。ちょうど中央辺りで、ヒナタの背後を闇が包みこむ。
よくよく見ればそれは闇ではなかった。ただ、長い漆黒の髪から覗く白銀の瞳が愛おしげにヒナタを見つめている。
振り返れば唇が触れそうになるほどの至近距離。だが、それが誰かを確認するまでもない。
こんな広大な裏律界で自分を見つけられるとしたら、それは“彼”しかいないと最初から分かっていたから。
「アオ……」
「ヒナタから離れろ、くそバが!」
無理やり腕を引かれ、転がるよう片手で抱き寄せられる。
それもまた、誰なのか確認するまでもない。
「おや、ライくんもお久しぶりですね」
闇だと思ったのは一人の長身の男。
上から下まで黒のスーツを身にまとい、美術品ではないのかと思うほどに恐ろしく整った美しい顔立ちはどこか宝珠にも似ている。
腰まである黒髪に白銀の瞳は凍てつくような冷気を孕んでいるが、ヒナタとライを見る視線だけは浮いたように熱かった。
「銀河共生機関が座標特定したんじゃねぇな」
「えぇ。残念ながら、まだ」
「どうやってこの惑星を特定した?」
「それは私のヒナタさんへの愛ゆえでしょう。ね、ヒナタさん」
そういって男は微笑む。それを見て、少し困ったようにヒナタは笑った。
「来ると思った」
「申し訳ありません、愛する花嫁を迎えに来るのが遅くなりました」
「ふふふ、結婚を承諾した覚えはないけど?」
「おや、そうでしたか。では改めて――愛しています、ヒナタさん。私と結婚していただけませんか?」
くすくすとライの腕の中で笑うヒナタは、楽しげで、どこか少女のように幼い。
何かが歪で、狂っているような脆さと危うさがあり、それがまたライの表情を強張らせた。
「ヒナ……ダメだ」
抱きしめる手に力が入る。
ヒナタは彼を選ばない。だが、ヒナタにもっとも近い存在が、彼――アオバだということも嫌と言うほど分かっていた。
ふたりの間にあるこの歪さは、ライではどうにもできないのだ。
それでもライはヒナタの決断をただ見守ることができない。
ヒナタはロイドから託された、宇宙で一番大切で大事な、たった一人の女の子だから。
「行かないでくれ」
例えその願いが叶わないとしても、ライは縋るようその体を抱きしめた。




