第58話 宵の宴(2)
「へぇ、教育の義務が十五年あるというのはすごいね。もしかして、子供たちはそろそろ学舎に通う年頃なのかい?」
「あ、この子たちは来年から……って、あ……っ!」
藍飛の問いに、いつもの調子で答えようとして言葉が喉に張り付く。
真正面には王麟と飛辰。その二人の姿に、ヒナタは思い出したのだ。
この国の文化を。
(忘れてた……! 王麟様と飛辰様は、子供たちが双子だとは知らない……!)
酔いが一気に醒めた気がする。医学の未発達なこの国では、多胎児は忌み子扱いになるのだ。
例え男女の双子で顔はそこまで似ていないとは言え、もちろん宝珠は気づいた。これだけそばにいれば、藍飛だって分かっているだろう。
それでも彼らは今の今までその事実に触れることはしなかった。
けれど、全員が全員そうとは限らない。
いくら“同調”による認識の補正があったとしても、それはあくまでも“そういう文化もある”という認識に過ぎず、それを許容するか拒絶するかは本人次第なのだ。
酒杯を手にしたまま固まるヒナタを見て、飛辰が笑った。
「あぁ、なるほどな! そいつら、双子なのか!」
「……っ」
ぎゅっと酒杯を握る手に力が入る。
以前宝珠に「双子か?」と聞かれたときでさえ、ヒナタはそうだとは言えなかったのだ。
(子供たちを危険には晒せない……!)
この国でも、そう多くはないにしても双子は生まれているだろう。だが、不吉とされる象徴の末路など想像に難くない。
よくて幽閉……最悪、生まれた瞬間に命を絶たれてるかもしれない。
「――まぁ、僕らの前でなら気にしなくていいよ。お姫様」
そう口にした王麟の柔らかな声色に、ヒナタは初めて自分が俯いていたことに気づいた。
そろりと視線を上げれば、王麟はその怜悧な美貌を薄く緩ませ、先ほどと何も変わらぬ様子で酒を口にしている。その姿に、どっと肩の力が抜けた。
「ガイア……は惑星の名だったね。お姫様の国では双子は珍しくないんだろう?」
「めずらしいよー!」
「おや? そうなのかい?」
アステリアの答えに、王麟が面白げに口元を上げる。
「うん! ふたごはね、とってもラッキーなんだって!」
「幸運ってことかい?」
「そうだよっ! みんな、ふたごでいいねって。うらやましいっていわれるんだよ〜」
「でもこのくには、まだおべんきょうとちゅうで、しらないことがいっぱいあるから、こわがらせないようにいっちゃダメなんでしょ?」
「……あぁぁぁ、今、全部言ってる――……」
酒杯を置いて項垂れるヒナタに、幼い子供たちはきょとんと首を傾げたが、はっとしたようにルークが口を押さえた。
その様子に飛辰が大声で笑う。
「はは! そーかそーか、坊主は頭が良いな! 確かにこの国は、坊主たちの国からしたら勉強途中の国かもしんねぇなぁ」
「医学も政治も、お姫様たちからは面白そうな話が聞けそうだね。ねぇ宝珠、お前、毎日出仕して僕に話しなよ」
「……それは何のための出仕ですか」
ため息混じりに返しながらも、宝珠もどこか安堵している様子だった。
彼自身、異端の忌み子と呼ばれてきた身。それをまだ幼い子供たちに味わわせるのはどこか心が痛んだ。
アステリアは首を傾げていたが、ルークは口元を押さえたまま。
そろりそろりと周りを伺うそんな我が子の頭を、ヒナタはそっと撫でてやる。
「ママ……」
「大丈夫だよ。ありがとう」
最初はあまり屋敷の外に出ることはなかった。けれど、最近は少しずつ外に出るようになって、その中でも幼い子供たちは母との約束を守ろうとしていたことをヒナタは理解している。
自分たちがこの国では未知の存在であることも。
宝珠が普段、布で顔を隠しているのには理由があることも。
今日は場に盛り上がって口を滑らせてしまったが、ルークだって、まだ保育園に通う年頃なのだ。
「双子は幸運……それならば、この国はどれだけの幸運を手放してきたんでしょうね」
そう言いながらも藍飛は、今日も今日とて、慣れた様子でアステリアの竹筒に新しい果実水を注いでやる。
ぱぁっと花開くように無邪気に笑ったアステリアは、不吉とは無縁にしか思えず、つられるように藍飛もその頭を撫でてやった。
「……藍飛。お前、随分と手慣れてるね」
「えーっと、ここで子供たちと過ごす時間がそれなりにありましたので」
「そりゃ一大事だな。おい、宝珠! このままじゃ藍飛に父親の座を取られちまうぞ?」
冗談めかす飛辰の声に、アステリアがきょとんと首を傾げる。
まん丸な黒目が自分に向けられていることに気づいた宝珠はアステリアを見下ろした。
「ほーじゅさまが、リアたちの……パパ?」
「……っ」
それが、父親という意味だというのは宝珠にも理解できた。
幼子からの何気ない一言。特段、気にする必要もなければ、自分だってアステリアを“娘”だと呼んだこともある。
それでも、その言葉は宝珠の心臓を強く掴んだ。けれどそれを言葉にすることはできなくて。
ただ、母親譲りの薄い栗色の柔らかな髪を、そっと撫でてやることしかできなかった。




