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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第二章

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第54話 軍部(3)



 「……確かに、お姫様にこの国は小さすぎるようだね」

 「げ!」


 

 ふいに聞こえた声に振り向いたヒナタは、反射的に藍飛(ランフェイ)の背中に身を隠す。

 その様子を見た乱入者は、ふむと自身の後ろに控える男へと視線を向けた。



 「なんだい、宝珠。お前、お姫様に嫌われてるの?」

 「…………」



 見ずとも深いため息とともに宝珠が頭を押さえるのが分かって、ヒナタは藍飛の背で小さくなる。



 (なんで宝珠様来るの――!? 怒られる……もう絶対怒られる……!)


 「……ヒナタ」

 「ひえっ」



 抑揚なく名前を呼ばれ、けれどその声を無視することもできずに、ヒナタはそろりと顔をのぞかせた。



 「……私、何もしてませんよ……?」

 「それは何かした人間の台詞だろう」

 「え!? いや、本当にまだ何もしてないですって! 売られた喧嘩をちょっと買っただけでっ」

 「それをしでかしたというんだ」

 「えぇぇえ!? 今回は私絶対悪くないですー!」



 絶望的な顔のヒナタに、再度宝珠がため息をついた。

 ヒナタとしては攻撃を避け、身に及ぶ火の粉を払ってちょっと威嚇しただけだと必死で訴える。



 「へぇ、なんだい。もう夫婦(めおと)漫才かい?」

 「……やめてください」



 ふと扇で口元を隠した麗人の姿にヒナタが首を傾げた。

 緩いくせのある髪を背中に流したままの彼は、ヒナタの視線に気づくとその怜悧な瞳を細める。



 「あぁ、お姫様とは初めましてだね。僕は王麟(オウリン)、法部律査局長をしている。宝珠(コレ)とはうまくやっているようで安心したよ」

 「……宝珠様の、上司……?」

 「うん。……あぁそうだ。今度、宝珠の家で飲もうかと思うんだけど」

 「私は聞いていませんが」

 「今言っただろう? それで、お姫様は酒が好きと聞いたんだけど、(すもも)と山桃と野イチゴはどれが好みかい?」

 「えー!? なんですかぁそれー!」



 ぱぁっと輝いたヒナタの顔に、頭と一緒に胃も痛み出す。

 この国で日常的に飲む習慣があるのは妓女くらいだと分かってるのに、それを今聞いてくる王麟の思考が全く理解できない。

 


 「ほら、宝珠。お姫様の機嫌が直ったようだよ。僕のお陰だろう?」

 「局長のせいでヒナタが酒を飲むことが周知されましたがね」

 「そんなの些細なことだろう。周りの人間よりお姫様の機嫌を大事にしないと」

 「……局長は、もう少し周囲の評価を気にされたほうがいいかと」

 「僕が? なぜ?」



 さも当然だという王麟に宝珠は口をつぐむ。

 そしてその危惧も虚しく、ざわざわとした悪意が広がり始めた。



 「女が酒を飲むって……」

 「やっぱり、商売女か。どうりで髪が短いわけだ」

 「ということは冬律官は金で妓女を見受けしたってことか?」

 「あぁ、そういうことか。実際はどっかの妓楼の娘なんだろうよ」

 「まぁ蓋を開ければ事実なんてそんなもんだよな。冬律官に婚約者だなんてできるわけない」

 「だよな。所詮、異端の忌み子……」


 「――は?」



 地の底を這うような低い声が場を凍らせる。

 次の瞬間、嘲笑していた彼らの目の前に黒い影が一瞬にして迫り、衝撃が脳を揺らした。


 脛と頭部を狙う強撃の二段蹴りで一人が吹き飛ばされ、そばにいた男達も無様にそれに巻き込まれる。

 文句を言おうと口を開きかけた男の首を、ヒナタは頸動脈を締める勢いで掴みあげた。



 「っが、ぐぅ!」

 「良かったわねぇ、ここが訓練場で。これが実戦なら、あなた……死んだわよ?」



 まるで襤褸切れのように男を投げ捨てれば、場が嘘のように静まり返る。

 そんな場内をヒナタは冷めた目で見下ろし、さらに近くに転がっていた男の脇腹を容赦なく踏みつけた。



 「ぐあ!」

 「別に私のことを言うぶんには好きにすればいいと思うの。でも、あなた達――宝珠様に対してなんて言った?」

 「……っヒナタ!」



 宝珠の声にさえヒナタは反応を示さず、足が尚も男の腹部に沈み込む。



 「大した実力もなく、吠えるだけの三流に宝珠様を悪く言われるいわれはないの。不愉快よ」

 「……っ! この女、調子に乗りやがって!」

 「! おい! お前らやめ――ッ!」


 

 さすがにまずいと飛辰が声を張り上げるが、兵士の一人が傍にあった訓練刀を手に取り、ヒナタに斬りかかる。

 刃は潰してあるとはいえ、当たればただじゃ済まない。



 「ヒナタ!」



 宝珠の声が聞こえる。でも、ヒナタは微動だにしなかった。

 訓練刀はまっすぐヒナタを捉え――



 パキーン……!

 

 「!?」

 「宝珠様以外が、あたしに触れないで」


 

 キラキラと光る糸が指輪から放たれ、刃が木っ端微塵に砕け散る。

 ヒナタの顔が迫り、そのまま首に衝撃が走ったと思った瞬間、男の意識は吹っ飛んでいた。


 抵抗を失った男たちの前に残ったのは、静寂(しじま)だけ。

 

 たった一人。

 たった一人の女だ。


 それが決して素人でない、軍部警衛局に所属する男たちを圧倒する。

 その力は、まさに本物だった。

 

 しゅるりと糸が消え去り、そこに立っているのはヒナタだけだ。

 息一つ乱さず見下ろすその姿は、まさに絶対強者――そのものだった。


 

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