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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第二章

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第53話 軍部(2)


 ヒナタはじっと飛辰(ヒシン)を見つめる。

 正確には、彼の鍛え上げられた胸筋と上腕二頭筋に釘付けだ。



 「……最高にいい体ですね」

 「ヒーナーターどーの!」



 思わず漏れた感想に藍飛(ランフェイ)が脱力して頭を抱え、それを見て飛辰は豪快に笑った。



 「そりゃ鍛えた甲斐があったな! こんな美人に言われるなら悪くないってもんだ」

 「……彼女は宝珠の婚約者ですよ」



 疲れた様子の藍飛を笑って無視し、今度は飛辰がヒナタを観察するよう見つめる。

 

 

 髪の短ささえ気にしなければ、ヒナタは美しい。

 少しツリ目がちの目がどこか愛らしさより妖艶さを帯び、まるで捕食者にも思える。

 それでも整った顔立ちと均整の取れた体は、黎煌国でも随一を争う姫君になるだろう。

 

 何より普通の姫君と違うのは、体格のいい飛辰を前にしても全く臆しないところだ。

 

 ふいに、ニッと口の端を上げた飛辰が一歩踏み出す。

 藍飛が反応するより早くその手がヒナタに迫り、至近距離でヒナタと飛辰の目が合ってどこか挑発的に輝いた。

 


 「……なるほどなぁ。野郎を制圧したのは間違いなく姫さんか」

 「ふふっ、嫌いじゃないですよ。こういう確認の仕方」



 先ほどまで訓練をしていた兵士たちの手が止まり、その視線が一斉にヒナタと飛辰へと向く。

 ヒナタは飛辰の攻撃を片手でいなすと、体勢を低くし、懐に滑り込んだ勢いで飛辰の背後を取ったのだ。


 ヒナタの指先が刃物を向けるような鋭さで飛辰の首筋に触れる。


 

 「異国じゃ、女が戦うことは普通か?」

 「普通、とはいいませんが特段珍しくないですね。護身術くらいならアカデミーでも必須項目ですし」

 「へぇ女の学び舎があるのか。じゃあ異国には姫さんみたいな女がわんさかいると」

 「残念。私は、特別ですよ」



 バッと勢いよく二人が距離を取り、向かい合う。

 どこか愉しげで、互いの力量を図るような一瞬の時間。

 

 ふいにヒナタの目が蠱惑的に細められた。



 「もしかして、お相手してくださる?」

 「はは! 女に手をあげる趣味はないんだけどなぁ? だが、望まれちゃ仕方ないか」

 「仕方なくないでしょうっ! 私が宝珠にどやされます!」



 慌てたように割って入ってきた藍飛に、ヒナタと飛辰が同時に気の抜けた不満を漏らす。



 「えぇ〜? ここでそれはないですよー藍飛様ー」

 「お前がどやされるんなら別にいいじゃねーか」

 「よくありません! はい、離れる離れる! 大体ヒナタ殿、これ以上は衣が乱れるからやめなさい!」

 「え? じゃあ脱ぎます?」

 「は!? 脱がない! 急に何を言いだすんだい!?」

 「おい藍飛、聞いたか!? 脱ぐってよ! だははは!」

 「笑い事じゃないですよ、局長! 嫁入り前の姫君の台詞じゃないでしょう!?」

 「別に、そこら辺の男に見られたところでなんとも思わないんですけど……」

 「むしろそれは思ってくれると助かるよっ!」



 肩息荒く叫ぶ藍飛に、ヒナタはどこか憐れむような視線で小首を傾げた。



 「藍飛様。あんまり叫ぶと血管切れますよ?」

 「……そうだね。ヒナタ殿が脱がず戦わず大人しくしてくれたら私も大丈夫だよ」

 「あれ? なんか藍飛様まで宝珠様みたいなこと言いますねぇ? 私はこんなにも淑やかにしてるのに」

 「……そうかい」



 ぐったりとした様子の藍飛に飛辰が大爆笑し、かわりに雲悠(ウンユウ)明洛(メイラク)らが目を丸くする。

 

 手加減をしていたとはいえ、飛辰は軍部の一つ――警衛局を預かる局長だ。

 ちょっと護身術をかじった程度の女に背後を取られるわけがない。


 そんな事実に場がざわめき、ヒナタを警戒する雰囲気が波紋のように広がっていく。

 その様子を横目で捉え、ヒナタはふわりと指を顎に添えて微笑んだ。

 


 「……平和、ですね」



 その可憐な仕草に、男たちがどよめく。

 どこか儚さを帯びた声色は柔らかく、仕草も口調も、まるでこの国の男が理想とする女性像だ。

 だが、その表情、指先一つとて完璧な姫君の立ち振る舞いなのに、よくよく見ればその瞳の奥は一切笑っていない。


 

 「女がただ守られているだけの存在……なーんて思い上がってるといずれ破滅しますよ? いい歳なんだから、誰に何も言わずとも自分が守られているのだと理解する強さを持たないと」



 ぞわりとした殺気が演練場を吹き抜け、肌を撫でる悪寒に幾人かの喉が鳴った。

 

 笑っているのに、笑っていない。

 まるで得体のしれない生物と対峙したような、実に奇妙な感覚だった。

 そんな彼らの空気を感じ取ったのか、尚のことヒナタは微笑みを深める。

 


 「この国の女性は優しすぎますね。本来、子を宿す女のほうが苛烈な生き物なのに……」

 「こりゃあ悪かった。姫さんの機嫌を損ねちまったか」



 飛辰の声に、ヒナタはにっこりと笑って殺気を引っ込めた。その途端、張り詰めていた空気が解けて見習いの修士生たちの糸が切れたように崩れ落ちる。



「いえ、可愛らしいなと思っただけですよ?」

「はは、むさ苦しい野郎どもがか?」

「“井の中の蛙、大海を知らず”……でしょう? 私に害がないうちは可愛いらしいです」



 そう朗らかに笑うヒナタに飛辰はやれと肩をすくめた。

 どうやらこの異国の婚約者、一筋縄ではいかないようだ。


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