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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第一章

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第49話 まだ見つからない形


 

 「おかえりなさいませ」



 子供たちを抱いたまま帰ってきた宝珠たちを家人らは温かく迎える。

 そして宝珠の首に抱きついたまま眠るアステリアを見て、李姜(リキョウ)が小さく笑った。



 「ふふ、さすがはヒナタ様のご息女です。抱きつき方が同じですね」

 「え!? うそっ、いつ!? ……あ、もしかして雨恵祭(うけいさい)!?」



 ルークを抱いたまま、先を歩く宝珠とその首に抱きつくアステリアを見てヒナタが小さく叫ぶ。

 ヒナタが宝珠に介抱されたのは雨恵祭のその一度だけ。だが、二十三歳の自分が娘と同じ、というのはさすがにいたたまれない。

 

 しかも婚約者とはいえ偽り。さらにこの国での男女の触れ合いはごく限定的なもの。

 そんな中で、よりにもよって首に抱きついた状態で運ばせたとあってはさすがの宝珠も外聞が悪いだろう。

 


 「……羽根のように軽い、というのは嘘だったな」

 「ちょ、何当然のこと言ってるんですか! 羽根みたいに軽かったら死んでますからねっ!?」

 「それは良かった。冬家から餓死者を出す訳にはいかないからな」

 「そーですねー! いつも美味しいご飯、ありがとーございますぅー!」



 半ばやけくそになって叫べば、宝珠が口元だけで笑う気配がする。

 そうして子供たちを寝かせて部屋を出た宝珠は、「飲むか?」とヒナタを涼亭へと誘った。

 すると先ほどまでの不機嫌さはどこへやら。満面の笑みを浮かべたヒナタは迷わず宝珠の背中を追いかけた。


 雨が屋根を伝い落ちるさまさえ美しい涼亭は、軒が深いためその美しさを十分堪能できる。

 しとしとと雨音が響く中、次々と並べられていく料理と酒を横目に宝珠が話を切り出した。

 


 「そういえば、私の直属の上司がそなたに会ってみたいと言っていた」

 「ん? 上司って、法部のですか?」

 「あぁ。秘蔵の酒を用意するとも言っていた」

 「えー! それなら喜んで――!」

 「現金なものだな」


 

 呆れた視線を向ける宝珠はすでに布を取っており、その超絶美貌を眺めてヒナタは機嫌良さそうに酒杯を揺らす。


 

 「どうしよう。宝珠様見てたら何杯でもお酒飲めちゃう」

 「私は酒の肴か?」

 「ふふふ〜いつかシャボンソープが売れたら宝珠様に課金して還元しますからねー」

 「……課金?」

 「全銀河の乙女の生きる糧ですよ! 綺麗で可愛くて格好いいものには貢がないと気がすまないタチなんですー!」

 「それは……実に珍妙な風習だな」



 拳を握って熱弁するヒナタに理解できないという顔をする宝珠。

 だが、それさえも面白かったのかヒナタがくすくすと笑い、ふと何かを思い出したように声を上げた。



 「あ、宝珠様。そういえば聞きたいことがあったんですけど」

 「なんだ?」

 「宝珠様のいる法部って法を扱う部署ですよね?」

 「あぁ」

 「藍飛(ランフェイ)様の軍部は治安維持とか警備とかで分かりやすいけど、璃嵐(リラン)様の……えっと、祀省(ししょう)ですっけ? あそこは祭事や福祉なんかを扱ってるんですよね?」

 「あぁ。あとは政部(せいぶ)。一番規模が大きく、民の生活に直結してる部署が多い。文化継承や財政も取り扱う、国の根幹とも言える部署だ」

 「へー……」


 

 なるほど、役所に近いのかとヒナタは相槌を打つ。

 今まで聞くタイミングがなかったが、赤の残滓が朝廷……しかも黎主にあるとなれば、このあたりももう少し知る必要がありそうだ。

 

 そう考えて、ヒナタはとりあえず目の前の粽に手を伸ばした。

 本日の粽は魚粽(ぎょそう)。燻した魚をもち米や香草と一緒に蒸したもので、黎煌国では定番の軽食だ。

 酒を嗜む時にあまり食事を取らない人も多いが、どうせならその場所でしか食べられないものを全て楽しみたいのがヒナタである。……別に飲み食いするのが好きということではない。断じて(ヒナタ談)



 「それで宝珠様は法部ってわけですね。あれですか? 裁判、とか?」

 「いや、それは律審局の扱いになる。私がいる律査局は法整備と改正、あとは監察が主な仕事だ」



 それを聞いて、粽を口に入れようとしていたヒナタがぴたりと止まり、数拍の後叫んだ。



 「んえぇぇぇ! なにそれ、宝珠様、超エリートじゃないですかー!」

 「……こぼすぞ」



 何事もなく酒杯を口にする宝珠に、わなわなと震えたようにヒナタは見つめる。

 

 宝珠のいう律査局の仕事は、立法担当官であり、同時に内部監査や検察も兼ねるということ。

 単なる調査員ではなく、法整備まで含む行政的裁量があるということだ。


 そしてそれがどれだけの知識量と判断力を要するかを分からぬヒナタではなかった。



 「え、宝珠様、顔も良いのに頭も良い。めっちゃすごい」

 「……一国の宰相や星解きの巫女、さらには黎主にまで対等に振舞ったそなたに言われるとはな」

 「え? それって褒めてます?」

 「さあな」



 軽口で返されたヒナタは少し唇を尖らせる。だが、何も言わずに酒をついでやればまたへにゃりと相貌を崩すのだから、あまり人前に出すのもどうかと宝珠の中に迷いも生まれた。



 (おかしなものだな。私も)



 今さら興味がない、とは言いきれない。

 だがそれは、恋のような激情ではなく、凪いだような穏やかなもの。


 それが一体なんなのか考えて、答えの見えない感情に宝珠はそっと静かに酒を煽った。

 

 

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