第48話 家族というもの(3)
宝珠の手によってアステリアは無事救出された。
前回と同じく薬を盛られたようだが、今回は趙陽の持つ気付け薬ですぐに意識を取り戻し、ヒナタもほっと胸を撫で下ろす。
しかし、まさか御者の趙陽が護衛まで担っていたのには驚きだった。
確かに宝珠は四大貴族。護衛がいるのは当然だが、まさかこんな形で兼任しているとはヒナタも予想だにしない。
害のなさそうな顔をしてあれほどの強さを持つとは、存外、見た目ではわからないものである。
とはいえ、二度も子供たちが狙われた。
しかも関わった男たちは前回と同じく切り捨て可能な末端。となれば、背後関係も含め、今後の対策を強化していかねばならない。
(電力不足さえ何とかなれば、ライの権限をもっと上げられるのに)
アステリアを抱きしめながらも、ヒナタは窓の外に広がる赤雲を見上げる。
せっかく指輪に搭載された太陽光発電も、この赤雲下では最低限しか役に立たない。
ライさえ充分な力を発揮できれば犯罪組織など一晩で殲滅するのに。
そう思えば無意識に深いため息が漏れる。
「……ママ?」
「あぁ、うん。ごめんね、なんでもない」
見上げてくるアステリアの髪を撫で、ヒナタは思考を片隅に追いやった。
アステリアを攫った男たちは警衛局に引き渡され、ヒナタたちは当初の目的地、仕立て屋に戻っている。
だが、薬ですぐに眠らされたとはいえ、引き離された一瞬を覚えてるアステリアはヒナタから一時も離れようとはしない。
そんな事情も知らないお針子たちだったが、小さなアステリアが緊張しているだけだろうと嫌な顔一つせず、実に慣れた手つきで手早く採寸を済ませていった。
ルークには自然と宝珠が付き添い、今は別室だ。
(なんか、これじゃ……ますます家族みたい)
ルークを連れた宝珠の後ろ姿を思い出し、少しだけ胸がざわめく。
あの時宝珠が口にした、アステリアに対する“娘”発言も脳裏から離れてはくれない。
自分だって偽りの婚約者の身でありながら、宝珠を“旦那さま”扱いしたというのに。
それでも。
それでもどうしてか、あの時の宝珠の言葉が忘れられないのだ。
「婚約者様。御息女様の採寸はこれにて終了です。お次は婚約者様ですが、御息女様もご一緒でよろしいですか?」
「え? あ……えぇ、一緒で。リア、もう少し付き合ってね」
「うん」
沈みそうになる意識を引き上げ、ヒナタはフードを取る。
一瞬ヒナタの髪の短さに戸惑う空気もあったが、それでもヒナタが青衣を脱げば彼女たちの興味はガイア製の下着へと移り、その目が輝いた。
採寸をし、刺繍の形や糸の色など次々と決まる中、一着はアステリアの要望で親子コーデに決まる。
子供用と大人用を同じ意匠に仕立てるのは黎煌国では相当珍しく、熟練のお針子たちさえも度肝を抜かれたようだ。
だが、ヒナタたちが話し込んでいるうちにアステリアはすっかり飽きてしまい、ルークたちの元に行くと採寸室を出ていってしまった。
それから約三十分後。
待合所に戻ったヒナタが目にしたのは、驚きの光景だ。
宝珠に身を預ける形で寝入ってしまったルークと、首に抱きついたまま眠るアステリアの姿に思わずヒナタが額を押さえる。
「……終わったか」
「あ〜もー……本当にごめんなさい」
アステリアを抱きながらも書物に目を落としていた宝珠が、ヒナタの登場に視線を上げた。
布を被って顔が見えないというのに、その体には小さな幼子が二人も引っついているのだから、誰が見ても微笑ましさしかない。
おかげで四人を見守る店主やお針子たちの表情は、むず痒いほどに和やかだ。
「仕立てた物は七日ほどでお届けにあがります」
「あぁ」
止んでいた雨がまた降り出す中、傘を差した店主が御者車まで見送りに出てくる。
そして、その表情はやはりにこやかだ。
「最初、女人と子供用の注文が入った時には何事かと思いましたが、実に素敵な未来の奥方様と御子様で安心致しました。宝珠様、またどうぞ御家族でおいで下さいませ」
「……あぁ」
これが偽りの関係だなんて言えるわけもなく、宝珠はただ静かに頷き、店を後にする。
小雨の中、動き出した御者車の室内で宝珠がぽつりと呟いた。
「やはり、そなたが外に出ると何かしら起きるな」
「あたし、そんな事件体質じゃないですからね!?」
途端にむっと顔をしかめるヒナタに、僅かに宝珠の空気が緩む。
そうして、ふと思い出したように窓の外を眺めた。
「――アステリアが、私とそなたは英雄なのだと言っていた」
「……リアが?」
ルークを抱き直しながらヒナタが首を傾げれば、宝珠はそのままアステリアに視線を落とす。
「あぁ。悪い人から守ってくれたから、と」
「あーなるほど。そういう意味では宝珠様のヒーロー像が崩れなくて本当に良かったです」
「だから一体何なんだ、その英雄とは」
「ふふふ、内緒です。宝珠様はそのままの宝珠様でいてくださいねー」
そういって笑うヒナタに、宝珠は呆れ混じりのため息をついた。
だが、この狭い御者車の空気を嫌いにはなれないのは宝珠自身が一番よく理解している。
ここにあるのは、偽りの婚約と偽りの家族関係。
変わりゆく空気に居心地よく思っても、今の二人がこの関係を崩してまで踏み込むことは、まだなかった。




