第47話 家族というもの(2)
蜜飴の串を返却して、仕立て屋に戻ろうと歩き出した矢先。
ルークの手を繋ぎアステリアの名前を呼ぼうとして、ふいに人だかりがヒナタを押しのける。
「わ……!」
強めに肩を押されよろめいたヒナタを宝珠が咄嗟に支えたが、無事を確認したその視線がすぐに険しさを帯びた。
「……アステリアはどうした」
「え!?」
宝珠に言われすぐさま周囲を見回すが、ヒナタのそばにはルークしかいない。
目を離したのはほんの一瞬。
だが、何度確認しても雑踏の中にアステリアの姿はない。
「……ッライ! マップでリアを捜して!」
《――距離五十……六十……八時方向。水路方面だ!》
文明の違う黎煌国人の前でそう簡単にGPSは起動できないので即座にライに捜索を頼めば、嫌な予感が的中した。
移動速度的に迷子ではない。
逃げられたら最後、手遅れになる。
そう判断して駆け出そうとしたヒナタの二の腕を宝珠が掴む。
「どこへ行く気だ」
「っ! 南西の水路!」
「なるほど、船か。――来い、そなたの機動力ならこちらのほうが早い」
そう言ってルークを抱き上げ、人混みに身を翻す宝珠の背中を唇を噛みしめたヒナタは追う。
(これで二回目……! 治安悪すぎじゃない!?)
《人攫いが横行しているとは聞いていたが、よりにもよって、だな》
(リアが可愛いのは当然だけど、でも一回、美人以外は滅ぼしたほうがいいと思う!)
《そりゃ随分と偏ったノアの箱舟だな。……へぇなるほど、こういうルートか》
気品を損なわない程度の早足はヒナタにとっては小走りになる。
土地勘のないヒナタには宝珠がどこに向かっているか分からないが、それでも彼と過ごした時間は間違いなく信用に足るものだ。
細い路地を通り、角を曲がり、ふいに開けた水路。
その少し上流で荷を搬入する船が見えた途端、宝珠とライの声が重なる。
「――あそこだ」
《――あそこだ》
声と同時にヒナタは地面を蹴り、前方を捉えたまま一気に駆け出した。
船場にいるのは四人の男たち。組で動いているのだろうか、船にはあの時と同じような麻袋がいくつも積み込まれている。
「ふっ!」
桟橋を支える杭を支点に、ヒナタは回し蹴りの勢いで手前にいた男を水路目がけて吹き飛ばした。
激しい水音と共に、他の男のギラリとした視線が桟橋に降り立ったヒナタに向く。
「青衣!? ……って、お貴族様が俺らみたいな庶民に何の御用ですかねぇ?」
「私の娘を返してもらいに来ただけよ」
「娘ぇ? いやいや、見ての通り俺らが運んでいるのはもち米ですよ。ほら、ごらんになってくだせぇ」
そう言って男は手元の袋を一つ開けて見せた。
入っていたのは確かにもち米。だが、ライを――銀河の科学力を誤魔化せるわけがない。
「――それはおかしいな。この水路における食材搬入時間はとうに過ぎている。その時点でそれは違法であり、全ての袋を精査する必要がある」
ふいに現れた宝珠の声に男たちはチッと悪態をつく。
ルークを抱いたまま現れた宝珠はそれに意を介さず、無感情のまま淡々と続ける。
「ちなみに、この水路は冬家管轄。そして本日、時間外の搬入予定はない……となれば、導き出される答えは一つだな」
「ごちゃごちゃうるせぇ! のこのこ出てきたところでお貴族様に何ができ……ぐあぁ!」
言葉を遮るようにヒナタの強靭な足技が炸裂し、再び男が宙を舞って水面に激しく叩きつけられた。
殴りかかるよう向けられた拳は軽々と躱し、そのまま前のめりになった体を肘と膝で挟み込むよう思い切りみぞおちに叩き込む。
三人目が倒れ、残すは船上の男ただ一人。
だが、その顔にはどこか余裕があり、ハッとしたようにヒナタは宝珠を振り返った。
「っ! 宝珠様!」
宝珠の背後からもう一人の男が刃を振り下ろし、それと同時に船上にいた男もヒナタに掴みかからんと拳を振り上げる。
そこからはまるで、スローモーションのようだった。
自分に襲い来る男には見向きもせず、ヒナタは片手で攻撃をいなすとそのまま男の腕を掴み、背負投げの要領で桟橋に叩きつけて転がるように走り出す。
(――駄目!)
一瞬にしてフラッシュバックする記憶に、宝珠と、かつてのロイドが重なった。
(もう二度と、もう二度と失わないために強くなったのに……!)
手の届かない距離に涙が滲みそうになる。
振り下ろされた刃が宝珠の背に届きそうになった――その瞬間。
「ぎゃあぁ!」
甲高い金属音と共に男の手から鮮血が溢れ、幼いルークにそれを見せないよう肩に顔を押し当てさせた宝珠が静かに口を開いた。
「遅いぞ、陽」
宝珠と男の間に立っていたのは、御者の趙陽だった。
彼は普段と変わらぬ姿で、手に刃を携えて恭しく頭を下げる。
「申し訳ございません、宝珠様。警衛局への連絡に手間取りました」
「……こやつらを全て捕縛しておけ」
「はっ」
宝珠はルークを抱いたままヒナタの元へと歩き、桟橋の入口で呆然とするヒナタにルークを手渡すとそのまま船へと向かって歩き出した。
途中、痛みに呻きながらも睨みつけてくる男に冷ややかな視線を落とす。
「ぐ、っぅう……! 貴族、ごとき……が……!」
「貴族を憎むのは勝手だが……だが、私の“娘”は返してもらう」
「――!」
宝珠の言葉に、ルークを抱いたままヒナタは目を丸くした。
分かっている。
今の自分たちの関係は、全て――偽りだ。
宝珠がアステリアを“娘”と呼ぶのも、先ほどヒナタが宝珠を“旦那さま”と呼んだのと同じ対外的なもの。
それなのに……それなのにどうしてだろう。
その呼び方が深く胸に刺さって、抜けてくれない。
「……ママ?」
「……うんん、なんでもないの。ルークは見ちゃダメ」
戸惑う息子を強く抱きしめる。
今のヒナタには、戸惑った顔をなんとか誤魔化すことしかできなかった。




