第46話 家族というもの
黎煌国で市はなくてはならない存在だ。
朝市に昼市、そして夕市。いつの時間帯も何かしらの市があり、所狭しと屋台が立ち並ぶ。
そんな市にヒナタたちが訪れたのは、朝市も落ち着いた三の鐘過ぎのこと。
「ママ、あっちあっち! あっち行く!」
「ねーママ! あれなぁにー?」
「あー待って待って。えーっと、あれは……木彫り細工、かな? 木を彫って作ったやつだよ」
小さな子供たちは人混みに紛れるよう走り出そうとするが、それをヒナタが引き止める。
GPSがあるとはいえ、それはネットワークを遮断された限定的なもの。今にも振りほどいて駆け出しそうな小さな手を握りしめ、ヒナタは小さく息をついた。
(ライの存在がありがたい……!)
それはこの黎煌国に来て以来、ずっと感じていたこと。
今までそばにいることが当たり前だと思っていたが、この地ではライを常時実体化させることさえままならない。
「ルーク、アステリア」
ふと影がかかり、宝珠の声に子供たちが顔を上げた。
「あまり離れるな。行くぞ」
そう言って歩き出す宝珠の背中を、ヒナタも子供たちも追う。
御者車で店先まで乗り付けたのまでは良かったのだが、降りた途端、目の前に広がる市に子供たちは興味を示したのだ。
あまり人目に触れたくない宝珠だが、ルークとアステリアの押しには割と弱い。なんならヒナタの押しにはもっと弱いところがある。
だからこうしてため息一つで仕立て屋に許可を得て、子供たちのためにほんの少しの散策を許してくれた。
「ねぇねぇほーじゅさま。きょうはおしごと、おやすみ?」
「あぁ」
「そうだよね。ヒーローにもおやすみはいるもんねー」
「……英雄?」
何の話だと宝珠から向けられる視線に、ヒナタは引きつった笑いと共に明後日の方向に視線を泳がせた。
以前、なぜ宝珠が布を被っているのかと子供たちに聞かれた時、咄嗟に“ヒーローは顔がバレちゃいけないから”と説明したことを思い出したからだ。
確かに宝珠は法を扱う法部に勤め、悪と戦う正義のヒーローといっても過言ではない。ただ、子供たちが想像している銀河規模の英雄とはちょっと違う種類のヒーローなだけだ。
「え、えへへ。なんでもないでーす、気にしないで下さーい」
「……」
冷めた視線を感じつつ、全力で誤魔化したヒナタはルークとアステリアの手を引いて宝珠の前を歩いていく。
そんなヒナタに呆れつつも、宝珠はふとライと話したあの夜を思い出した。
――そうです。全て、ヒナタが選びました。死んだロイドと婚姻を結ぶことも、父親死亡のまま、子供たちを身籠ることも――
人は見かけだけでは分からない。
少なくとも今、市を謳歌する三人の後ろ姿からはそんな過去など微塵も感じられなかった。
楽しげに屋台を覗き、ふと宝珠を振り返ったヒナタが布越しににっこりと微笑む。
「宝珠様、これ食べたいなー?」
「……」
「リアもたべたいなー?」
「……」
「ぼくもー?」
「…………店主、それを三つくれ」
ついに折れた宝珠に、おねだりに成功したヒナタたちは嬉しそうにハイタッチを交わし、店主もその様子に「仲の良い家族ですねぇ」と相貌を緩ませる。
だがその一言が、どうしてか宝珠の胸を抉った。
(違う。彼女らの家族は……ライと……)
婚約者のまま亡くなった――ロイドだけ。
そう思うと息がしづらくなるようで、ため息でそれを逃がす。
「旦那さまは私たちに甘いんです」
ふいにヒナタから発せられた言葉に沈んでいた宝珠の意識が向く。
にこやかに店主と話すヒナタに他意はないのだろうが、その言葉は宝珠の心に波紋を広げるには充分すぎるものだった。
「でしょうねぇ。お貴族様が市に来るのは珍しくありませんが、家族連れはまぁ珍しいものですよ」
「ふふふ、衣を仕立てに来たのだけど、子供たちが市を見たいって旦那さまを困らせたの」
「……ある意味、そなたもな」
「あら、そうでした?」
楽しげなヒナタに、ひとまず支払いだけ済ませた宝珠は竹で作られた長椅子に座り、串に刺さった小林檎の蜜飴を食べる三人の姿をただ眺める。
こうして見れば店主の言う通り、貴族にしては珍しい家族連れに見えるのだろう。
それが分かるからか、宝珠とヒナタの両方が布を被って顔を隠していても、貴族のお忍びだからと誰も気にする様子はない。
少々ルークの髪の短さに目線が向けられることもあったが、まだ小さな幼子。そちらもまた、“物珍しい”という範囲で大した影響はないようだ。
「……食べたら行くぞ」
「「「はぁい」」」
元気に返ってきた声に宝珠はふうと息をつく。
今日という日こそは何事もなく終わればいい。
そんな思いが、外に出るたび問題を引き起こす偽りの婚約者に向けられる。
宝珠の視線に気付いたヒナタがきょとんと首を傾げたが、そのあどけなささえ感じる仕草に、宝珠は再度ため息を漏らした。




