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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第一章

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第45話 霧の視線と贈り物


 

 「へェ? あれが、冬家婚約者サマの手腕ねェ」



 おもしろげな声色はヒナタの耳に届かない。

 だが、その目は確かに(シュエ)に商談を提示するヒナタを捉えていた。



 「どうされます?」

 「どうもこうも、現状では手出し無用だヨ。冬宝珠と碧藍飛(ヘキランフェイ)の揉み消しの範囲内だからねェ。ケド、おもしろいねェ……貴族の婚約者が商談を持ち込むだなんて、サ」

 「私には理解できませんがね。そんなもの、冬宝珠の評価を下げるだけでしょうに」



 雨を厭わず屋根の上に座り込む男とその横に控える男。そのどちらも黒装束を纏い目元しか見えないが、明らかに市井人(しせいびと)ではなかった。

 

 押し殺したような笑いが座り込む男の喉奥から漏れる。



 「冬宝珠に依存しない資産が欲しいって本人が言ってるじゃアないか。そりゃ我らから見れば嫁……じゃないねェ。婚約者が金を稼がないといけないほどに冬家は困窮してるのかって思うけど、そういうわけじゃあなイ。――自分の自由になる金が欲しいってのは異国の考え方なのかもねェ」

 「はぁ。私にはやっぱり理解できません」



 今日の応接間は、別室にいる子供たちがいつでも来れるよう戸が開け放たれているから、室内の様子が手に取るように分かる。

 その様子をもう一度眺めて、座り込んだ男は屈伸の要領で立ち上がった。

 


 「キミはもう少し柔軟になったほうがいいねェ。そんなんじゃ、あの予測不能なオヒメサマは追えなくなっちゃうヨ?」 

 《――まぁ、追わなくてもいいんだけどな》

 「ッ!?」



 庇うよう躍り出た腹心が刃を構えたが、次の瞬間、弾くようそれが吹き飛ぶ。



 「ぐ……!」



 鋭い痛みに利き手を押さえた男は、視線の先を睨みつけた。

 何度目にしても向こう側が透けるほどに薄いソレは、伝承や文献で伝え聞くような、まさに異形そのもの。 

 けれど庇われた男は愉悦を声に込め、ソレに笑いかける。

 


 「あァ、報告には聞いているヨ。キミの名は……そう、ライだ! そうだろウ?」

 《……揃いに揃って、よくその位置から唇の動きが読めるもんだ》

 「おやおやァ、そんなに褒められると照れるねェ。今まで警戒するだけだったのに、急に出てくるとはどういう心境だイ?」

 《そりゃ、お前たちがこの屋敷に侵入しすぎだからに決まってるだろ》

 「ふははは、そりゃあ悪かったねェ! 別に他意はないんだヨ、()()のお仕事さ」

 《他意のない監視(しごと)? そりゃまた斬新だな。……まぁ、この国での立ち位置を考えれば、監視は仕方ないと思ってはいるが》



 ふいにライの赤い双眸が細まり、漂う殺気に腹心の男の全身がぞわりと粟立つ。

 次第に雨脚も強くなり、そんな中、自身の上司に視線を向ければ、彼はいつもどおり――いや、いつも以上に愉しげに笑っているような気がした。

 


 《これは、警告だ。もしも……もしもヒナタと子供たちに手を出したら》


 

 髪が逆立つような、短い雷にも似た破裂音。

 パチパチといなびくそれに本能が畏怖を覚え、冷や汗と共に雨がじわりと侵食してきた。


 そしてそれが膨らみ、ある一点を超えた――その時。

 


 《――潰すぞ》

 「……ッ撤退しましょう!」



 逃げなければという衝動と敵だという意識がせめぎ合ったが、そんな思考(もの)、遠雷と同時に打ち放たれた殺気に一瞬で消し飛んでしまった。

 

 明らかに自分より上位のナニかに、咄嗟に上司の襟首を掴み男は身を翻す。

 部下に引きづられるように屋根から飛び降りた男は、愉しげな声色でライに叫んだ。



 「ふひゃはは! いいねェ強い男は嫌いじゃないヨ! また遊ぼう、ライ!」

 《悪いな。名前も知らねぇ奴とは遊ぶなって言われてんだよ》

 「きゃははは! そりゃあ、オヒメサマの躾が行き届いてて素晴らしい! じゃあ名乗ればまた遊べるネ! 我は“黒霧(クロキリ)”! 再見(またね)、ライ!」



 そんな笑い声は雨音に紛れて霧のように消える。

 静寂が訪れれば、どれだけ目を凝らしても二つあった侵入者の気配は感じられない。

 

  ライが黒霧たちを察知できたのは最低限敷いた警備システムのお陰だが、その警備範囲はごく限られた宝珠邸内だけ。

 護衛権限で許されてる威嚇で一割もの電力を消費している今、ヒナタの許可なく彼らを追跡することも、生体情報スキャンさえも(はばか)られた。



 《黒霧、か……》



 それはこの国においては特別な意味を持つ名。

 けれどそれを知らぬライには、ただの厄介事の一つにしかすぎなかった。

 


 

 *




 「えぇっとー……これ全部、璃嵐(リラン)様から?」



 雨恵祭(うけいさい)から数日経ったある日、突如宝珠邸に届いたのは山のような贈り物の数々だった。

 添えられた書状には『雨恵祭での詫びじゃ』とだけあり、思わずヒナタは「気にしなくていいのに」と苦笑する。

 

 だが、書状に目を通した宝珠はそれをヒナタに返しながらも淡々と告げた。

 


 「そういうわけにもいかないんだろう。星解きの巫女はあの祭事の責任者、全ての責は彼女のものになる」

 「あぁー……なるほどー。下が暴走すると面倒なやつですねぇ」



 璃嵐に同情するよう呟いたヒナタは、贈り物の紐を解いていく。

 上質な青布や宝飾品などを眺めながら、ふと一つの箱で手が止まった。


 それはヒナタが着る青衣よりも少しだけ淡い色合いの――子供用の青布だ。



 「あぁ、とても美しい青布ですわね。いつもは仕立てを任せていますけれど、この布ならば直接仕立てに行くのもよいかもしれませんわ」

 「直接?」


 

 うっとりと青布を見つめる李花(リファ)の提案にヒナタが宝珠を見上げれば、小さなため息が返ってきた。



 「……せっかくの星解きの巫女からの贈り物だ。仕立てねば、失礼だろう」

 「じゃあ、おでかけですか!?」



 仕方なく了承を示せば、ぱあっとヒナタが笑顔になる。

 どうやら次の休日は、騒々しい――にぎやかな一日になりそうだ。


 

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