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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第一章

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44/80

第44話 魅力的な提案


 

 「ちょっとぉー……大人しくしてて――」

 「「はぁぁぁい」」

 


 パタパタと廊下を走り去る楽しげな声は、返事はしても止まらない。

 そんな子供たちの様子に小さくため息をついて、ヒナタは目の前に座る(シュエ)に申し訳なさげに笑った。



 「あー……あれはダメ、全っ然話聞かないやつだ。雪さんちの子たちまで巻き込んでごめんね」

 「ふふ、うちでは日常茶飯事ですから。いっぱい遊んだらぐっすり寝てくれますよ」

 「あぁぁぁ、逆に気分上がって寝なくなったらどうしよう――!」

 「うちの子たちも体力なら負けませんから大丈夫です! 夕餉にはうとうとするくらい落としちゃいましょう!」


 

 ぐっと力強く拳を握る雪が頼もしすぎて思わずヒナタは感極まる。

 さすがは五児の母。面構えが歴戦をくぐり抜けてきた戦士そのものだ。

 

 “寝ない・聞かない・走り出す”を地で行く子供たちは、さながら暴走機関車のようで――特に今日は雪の子供たちも加わり、ルークとアステリアのはしゃぎっぷりはいつも以上だった。

 

 そこへお茶を運んできた李姜が柔らかく微笑む。



 「お子様方は李花(リファ)が見ておりますので、お二方ともどうぞごゆるりと」

 「ありがとう、李姜(リキョウ)

 「うちの子まですみません。他に入り用なものがございましたら、何なりと御用聞きにお伝え下さい」



 今日は十日に一度の御用聞きの日。

 こうして懇意にする商会が直接屋敷まで訪れ、必要なものを手配・納品してくれるのだ。

 

 普段は御用聞きだけだが、今日は雪の子供の瑛蓮(エイレン)景安(ケイアン)も一緒に宝珠邸へと訪れている。

 同じ年頃ということもありすっかり仲良くなった子供たちは、李花の見守りの元、別室で楽しく遊んでいるようだ。


 場を辞する李姜を見送り、雪はヒナタに向き直る。



 「ヒナタ様も何か入り用なものがありましたらご準備いたしますので、ぜひ当商会にお声がけ下さいね」

 「ありがとう。入り用ってわけじゃないんだけど……ちょっとコレ見てくれる?」



 そう言ってヒナタはいくつかの小瓶を卓に並べた。今や宝珠邸では必須となったヒナタ考案のシャボンソープとスキンケア類だ。

 言われるまま手に取り、中身を確認した雪の目つきが変わる。



 「ヒナタ様、これは?」

 「灰汁とは違う、洗剤かな。こっちは髪や体を洗うやつでそっちは潤いや保湿を保つやつ。汚れ落ちは保証するわよ」



 ふいにヒナタが立ち上がると、汚れた布と桶を手に取り戻って来た。

 一度水に布を浸してから少量のシャボンソープでもみ洗いをすれば、あっという間に汚れは消え落ちる。



 「これ……!」

 「ね? うちの李姜たちもお墨付き。髪も体も、なんなら洗濯洗剤としても万能に使えるの。自生してる草花から作った完全自然由来の洗剤。髪に使う時にはもうひと手間ないときしんじゃうけどね」



 艶めいたヒナタの髪が物語るように、雪は真剣な目つきでシャボンソープを手に取り、汚れ落ちを確かめて息を呑む。

 洗剤といえば植物灰や草木灰が一般的な黎煌国では驚くほどの洗浄力と手軽さだ。



 「雪さん。手を拭いてからこれとこれを塗っていい?」



 言われるまま布で水気を拭き取った雪は、ヒナタに化粧水と乳液を入念に塗り込められ、艶々と輝く手を見て思わず感嘆のため息を漏らす。



 「これ、庶民向けにも貴族向けにも作り変えられるの。それを(リン)商会独占契約にすると言ったら……どう?」

 「!」



 口元に深い笑みを浮かべるヒナタに、商機を見出した雪の思考は一気に駆け巡った。

 貴族庶民関係なく売れるというのなら――間違いなく、これは革命だ。


 


 「どうして、そんな商品を我が商会に……?」



 即答は避けつつもごくりと飲み込む雪に、ヒナタはただ優しく微笑む。



 「洗濯や水仕事を知る人に試して欲しかったの。そういう意味では男性より女性のほうが分かるでしょ? だから女性商人の雪さんは最適だった。林商会としての信用と実績もあるって聞いてたしね」



 つまりは得てして舞い込んだ商談なのだとヒナタは蠱惑的な笑みを浮かべ、ゆるりと足を組む。



 「私、自分の自由になる資産が欲しいの。今は全て宝珠様のお世話になってるから、自分で動かせるお金がなくて」

 「それ……は、宝珠様に仰られたら頂けるのでは?」



 雪の考え方は黎煌国では当たり前だったが、ヒナタは首を振る。

 ヒナタが求めている資産とは、自分で稼いで作った、自分だけの資金のこと。そして継続的な収入が叶えられるという意味では男商人より、女商人のほうが話を通しやすい。


 だからこそヒナタは、誘惑に乗せるよう雪に微笑んだ。



 「作り方も教えるし、販売方法もお任せする。……四:六でどうかしら?」


 

 まるで甘い睦言のようなヒナタの艶やかな誘いに抗える商人はいるのだろうか。

 そうしてすっかり雨恵祭の調査の話など吹き飛んだ雪は、ただ目の前の魅力的な提案に「詳しいお話を」と返すので精一杯だった。



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