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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第一章

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43/80

第43話 眠り姫の夢の狭間で


 結局、あのあとヒナタが目覚めることなく子供たちも就寝時間となった。

 黎煌国に電気の概念はないので、紗灯(しゃとう)などの火を使った灯りが主に利用される。

 だから太陽とともに暮らすこの国では、油や蝋を使う夜ふかしはちょっとした贅沢だ。



 「――子供たちは寝たのか?」


 

 宵の時間。


 赤黒い空を見上げるよう外回廊に佇むライに、宝珠が声を掛ける。

 実体を保てないとはいえ、ライが姿を現すようになってから子供たちの表情は前よりも明るくなった。

 父親不在の穴を彼が埋めているのは明白だったが、それでも子供たちがライを“父”や“兄”と呼んだことは一度もない。

 


 《あぁ、はい。今日は俺が実体化したせいで中々寝ませんでしたけど》



 そう柔らかく笑うライは、無表情だと少々取っつきにくく感じるが、ヒナタや子供たちが絡むと途端に表情を和らげる。

 それだけきっと、深く“家族”のことを愛しているのだろう。



 「ヒナタは?」

 《多分、今夜は起きないかと。……あー宝珠様。ある程度はなんとなく分かるんですが、朝廷で何があったか、改めて聞いてもいいですか?》



 決して短い話ではない。そう思って、宝珠は場所を涼亭に移すことにした。

 椅子に腰掛け、卓に灯りを置いてからライに朝廷での経緯を説明する。


 届いた書状からすでに悪意に満ちていたこと。

 ヒナタが攫われ軟禁されたが、自ら塔の窓を破って脱出したこと。

 黎主とも目通り叶い、璃嵐の要望通り雨を晴らして青空まで呼んだこと。

 早々に雨恵祭の場から離れ、宝珠が戻った時にはすでに眠りに落ちていたこと。



 「――“ロイド”というのは、亡くなった夫君か?」

 


 話の流れで思わず口をついたその名に、ライの表情がわずかに揺れる。



 《……はい。ロイド・ハッセルバッハ。正確に言えばヒナタの夫ではなく、婚約者でした》

 「婚約者?」


 

 子供もいるのに?

 そう問うような宝珠の視線に、ライは小さな苦笑とともに赤黒い夜空を見上げる。



 《俺達の国には、“死後配偶承認制度”というものがあるんです》

 「死後配偶承認? それは、死んだあとに婚姻関係を承認するということか?」

 《はい》

 「待て。それなら一体、子供たちはどうやって生まれる?」



 黎煌国では婚姻を結んで、それから子を成すのが常識だ。稀に婚姻を結ばずに生まれる子もいるが、それでも相手は生きた人間同士。

 死んだ人間との間に子を成すなど、宝珠には皆目見当もつかない。

 

 そんな宝珠に、ライは思い出すよう少しだけ瞳を伏せる。

 それは通称・リクイエス婚とも呼ばれる――遺された人間に対する銀河の救済制度だ。

 


 《ルークとアステリアは、ロイドの死後――体外(生前のロイドが)受精(遺したもの)――から生まれた子たちです》

 「……生前に遺したもの?」

 《はい。まぁ、子を成す一般的なやり方は宝珠様もご存知だとは思いますけど、銀河ではその行為で得たものを保存し、死後に子を宿すことができるんです》 



 宝珠には考えもつかない仕組みに眉を寄せ思案するが、そこでハッと気付く。

 死後配偶承認制度(リクイエス婚)は、あくまで婚約者や配偶者が亡くなったあとに使用される制度。

 それは、つまり――

 


 「亡くなった夫君は、子供たちの存在(こと)を何も知らないのか?」

 


 あどけなく笑う幼子たちの姿を思い出し、宝珠はこぼすように呟く。

 てっきりあの子たちは、両親の愛のもとに生まれたものだと思っていた。いや、間違いなく深い愛のもとに生まれたのだろう。

 

 だが、その誕生を知るのは――


 

 《そうです。全て、ヒナタが選びました。死んだロイドと婚姻を結ぶことも、父親死亡のまま、子供たちを身籠ることも》



 返された言葉に宝珠は衝撃で頭を殴られる。

 あの幸せそうな母子の姿に、そんな背景があっただなんて思いもしない。

 


 「……夫君は、ご病気か?」



 絞り出したような声に、ライは静かに首を振った。

 先ほどまで晴れていた空からはぽつりぽつりと雨が振り始め、じわじわと赤雲がその濃さを増していく。

 覆うように広がった雨雲を見上げながらもライは呟いた。



 《あの日も、雨でした。だからヒナタは……あまり雨が好きじゃなくて》

 

 『実は、雷が苦手なんです。だからちょっとヤだなぁって――』



 御者車でのあの日のやりとりが脳裏に蘇る。軽やかな口調の先に、それ以上踏み込んではいけない何かを感じたあの時。


 

 《――ロイドは》


 

 降り出した雨音がひどく響いた。


 それなのに、ライの声はそれを無視するような鮮明さで宝珠の耳に届く。

 


 《ロイドは……ヒナタの目の前で死にました。享年、十九です》


 「――!」

 


 心臓がどくりと脈打った。

 悪戯っぽく笑ういつものヒナタの姿がどこか遠く、思考が停止したように宝珠はただライを眺める。


 

 『宝珠様っ』

 


 そうしてまで彼女がたった一人で選んだのは、あまりにも深く、あまりにも残酷な未来の途絶えた愛の選択。

 

 それがどうしてか宝珠の胸を空虚とするよう突きつけ、ただ屋根に打ちつける雨の音だけが涼亭に響いた。


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