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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第一章

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第41話 贖罪の証


 

 「璃嵐(リラン)様! あのような異端な者の後ろ盾など……一体何をお考えなのです!」



 鼻息荒く申し出たのは、祭祀局(さいしきょく)神儀局(しんぎきょく)の局長らだった。

 どちらも璃嵐が長官として統括する祀省(ししょう)に属しているが、預かる役割はそれぞれ局によって異なる。

 

 祭祀局は各地にある慈院(じいん)を統括し、孤児や弱者の保護救済――いわば教会のような立ち位置で、神儀局は宮廷での年中行事・季節祭礼を執り行うのが主な役目。

 璃嵐のいる玄楼局(げんろうきょく)は、星解きの巫女とその世話係の上位巫女、そして時期星解きの巫女見習いだけが所属する、王族の相談役という役目を担っていた。



 「揃いに揃っていきなりなんじゃ。そんなにもヒナタが不服か?」

 


 疲れたように璃嵐は長椅子に腰掛ける。

 ヒナタからことの詳細を聞いてすぐに確認しに行かせたが、確かに部屋には鍵と閂がかけられ、雨恵祭でヒナタを案内したという巫女も行方不明。

 宝珠から預かった書状もいつの間にか消失するという不祥事続きに頭が痛いというのに。


 そんな璃嵐の心労よそに長官らは声を張り上げる。

 

 

 「不服も何も、あのような仙術使いなど信用に値しませぬ!」

 「仙術だろうがなんじゃろうが、赤雲を晴らせるならよかろうに」

 「あれが本物の空とは限りませぬぞ! 我々を騙し、この国を乗っ取るつもりやも!」

 「それであやつになんの益があるというのじゃ」

 「璃嵐様や黎主(れいしゅ)にお目通り叶ったではありませんか! それこそが真の狙いやもしれませぬ!」

 


 なんとも言いがかりめいた発言にため息が漏れたが、璃嵐とて彼らの気持ちが分からないわけでもない。

 赤雲どころか一時でも青空を取り戻した調律士(コードネア)という力は、畏怖そのもの。

 

 だが、その危険性と同時に、ヒナタの存在は低迷してしまった今を変える新たな風にも思えたのだ。



 (恐らくは、あの娘もそれを狙っていたのじゃろうな。となれば……もしや(ショウ)を救う手立てになるやも知れぬ)



 宝珠を守りたいと口にしたヒナタを、璃嵐は確かに気に入った。

 守られるのではなく守りたいのだと。守れるだけの後ろ盾が欲しいのだと。

 

 この閉鎖的な国で戦えるだけの力が欲しいといったヒナタの言葉に、璃嵐も欲したのだ。

 調律士(コードネア)の力を。


 黎煌国黎主――黎宵(レイショウ)を救うために。



 (宵ももう三十五……時間がない)



 歴代黎主の腕に巣食うは、贖罪の証。

 それは赦されざる――裏切りの爪痕だ。


 “金”は覚えている。

 共に走り抜けたあの日々を。

 

 “赤”は覚えている。

 世界に裏切られたあの夜を。


 それは、愛を愛で返さなかった――黎主の罪。

 例えそれが身に覚えのない愛だったとしても、その罪は子々孫々と受け継がれていくのだ。


 パチン、と扇を鳴らせば、局長らは反射的に口を閉ざした。

 


 「警戒する気持ちは重々理解(わか)る。じゃが、冬宝珠の元にいる限りそう大事にはなるまい」

 「冬宝珠など! あれこそ呪いを受けた異端児……我が国に凶兆をもたらす不吉なる忌み子ではありませんか!」

 「はぁ、しつこいのぅ。あの日は間違いなく吉日じゃったと先代星解きの巫女も申していたのを虚言と申すか? 一体何十年経てばそなたらは納得するんじゃろうな」



 冷ややかな視線に局長らも言葉を飲み込んだが、やがて神儀局長は拳を握りしめて唸るよう吐き捨てる。



 「……“黒霧”が、黙ってはおりますまい」

 「法部・律衛局(りつえいきょく)か。ふふ、そうじゃな。ヒナタを危険と判断すれば奴らも動くじゃろうな」



 指先でもて遊ぶよう璃嵐は扇をはためかせた。

 

 宝珠も身を置く法部にある局の一つ、律衛局。

 彼らはその独自権限において秘密裏に不穏分子を追って裁くことが可能な法部の裏の番人であり、律衛局長は通称・黒霧とも呼ばれていた。

 

 だが、その正体を知るのは法部長官と宰相――そして、王である黎主だけだ。



 「じゃが、ヒナタは妾の客人。手出しは無用じゃ。眠れる獅子を自ら起こす愚か者が我が祀省から出ぬことを祈っておるぞ」



 そう言って璃嵐はつい、と扇で戸を指す。

 これ以上話すことはないという璃嵐に、長官らは物言いたげな視線だけ残して礼と共に足早に去って行った。



 「ふう。新たな風を入れるのは疲れるものじゃな。……なぁ、宵?」

 「……気付いていたのか」



 背後の隠し扉から現れた黎宵に、視線を向けることなく璃嵐は笑いを漏らす。



 「くふふ、妾が気付かぬとでも思ったか。そなたの足音など当に聞き飽きたわ。……どれ、腕が痛むのじゃろう? 琴を引いてやろう」



 そう言って黎宵を手招くと、璃嵐は自分の肩に引き寄せた。

 璃嵐の肩に頭を預ける黎宵は、まるで幼い子供のようで……それを見た璃嵐はゆるりと瞳を細める。



 「……理解(わか)ると思うか? この呪いの解き方が」


 

 隣に置いておいた小型の竪琴を爪弾けば、聞き慣れた音色に黎主の眉間の皺も解けていく。


 ぽろりぽろりと零れる音が、“赤”も大好きだったから。

 だからこうやって竪琴を奏でている間だけは、嘘のように痛みも呪いも進行しない。


 

 「さて……な。じゃが、そうだな。お前が自由になるよう妾も全力を尽くすよ」

 「…………自由になるのなら、姉上も一緒に、だ」



 そう言って黎宵はそのまま瞼を下ろす。

 その寝顔を見守りながら、璃嵐は竪琴を奏で続けた。

 どうかしばしの間だけでも、愛しいこの子が、安らかに眠れるようにと……。


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