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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第一章

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38/79

第38話 いつだって想定外



 「――ヒナタが、いない?」



 藍飛(ランフェイ)と話していた宝珠の元に、慌てたように祀省(ししょう)中級慈官(じかん)がやってきて衝撃の事実を告げた。



 「今日はヒナタ殿と同じ御者車で来たんだよね?」

 「あぁ。別れて……まだ四半時も経っていない」

 


 藍飛の言葉に宝珠は断言する。だが、それを聞いた慈官は狼狽したように言葉を返した。



 「で、ですが……青龍門へ迎えにいった者は、冬家の御者車さえ見ていないと言っておりまして……」

 「……青龍門?」


 

 滋官の言葉に宝珠が布の下で眉を寄せる。


 

 「書状には白虎門から参朝する旨があったが?」

 「白虎門!? いえ、そんな……!」

 「疑うなら確認するといい。支度があるから白虎門へと明記されてる」


 

 そう告げて懐から取り出した書状を滋官に手渡せば、受け取った滋官は見る見るうちに青ざめた。


 

 「こ、これは……っ、まことに申し訳ございません、冬宝珠様。こちらの書状はお預かりさせて頂いてもよろしいでしょうか? 直ちに確認し、冬家の婚約者様もお探しいたします……!」

 「あぁ。だが、くれぐれも急いで欲しい」

 「もちろんでございます!」



 礼もそこそこに頭を下げ、来た時よりも慌てた様子で踵を返す慈官に小さなため息をつく。

 まさかこれほど早く悪意が動くとは思わなかった。漏洩元は、ほぼ間違いなく祀省内部からだろう。



 「偽の書状を送られたってところかな」

 「あぁ」

 「ヒナタ殿なら……まぁ、無事そうではあるけど」



 藍飛がどこか楽しげな様子で呟く。

 

 本来、こういった神事には一斉に人が集うため、家ごとに入場口が振り分けられるのが普通だ。普段は東の青龍門を使う宝珠も、今回はヒナタの異例ともいえる参朝。さらには正式な書状による招集に、疑うことなく西の白虎門を選んだのが裏目に出た。

 

 

 (藍飛の言う通り、ヒナタなら無事だろう……が)



 それでも、宝珠とてその身を案じないわけではない。

 柔らかな絹糸のようで、少し癖のある栗色の髪――消えた後ろ姿を思い出し、宝珠は拳を握りしめる。


 それから程なくして、ヒナタの所在掴めぬまま雨恵祭(うけいさい)が始まりを告げた。

 星解きの巫女のみならず、黎煌国の王・黎主(れいしゅ)までもが親臨する中、雨季の始まりを告げる神事は粛々と進行していく。

 

 相変わらず雨はしとしとと石畳を打ち、例年通り、雨恵祭はつつがなく続いていった。



 ――大いなる大地、恵みの雨よ。再々たる季節を賜りしこと、水の民より深々たる感謝を奉る。来たる雨季、五穀豊かに害なき雨を迎え、国豊かにならんこと願い奉り、臣民一同、誠を尽くし祭り奉らん――


 (……ヒナタ)


 

 星解きの巫女による厳かな祭文(さいもん)が朗々と読み上げられる中、宝珠の意識は姿見えぬ偽りの婚約者へと向いていた。

 ふと、長らく降り注いでいた雨がピタリと止み、何となしに視線を空へ上げたその時―― 



 「!」


 

 上空から破壊音と共に、()()が降ってくる。

 パラパラと小さな木片と一緒に宙を舞っている人影にはどう見ても見覚えがあった。

 

 天から落下してきたそれは、つま先で一度大地を叩くと、まるで天女のような軽やかさで再度ふわりと着地する。

 宙に舞っていた髪や衣がゆっくりと落ち着くのを待ってから、ヒナタは艶やかに微笑んだ。



 「……あら、遅れてしまってごめんなさい?」

 「――ッ!」



 場が一気に騒然とした。祭文を奏上していた璃嵐(リラン)も、思わず振り返ったままの姿勢で目を丸くする。

 だがヒナタは周囲のざわめきなど介することなく、乱れた裾を優雅に払い、指先を合わせた礼を取りつつ(こうべ)を垂れた。



 「参上が遅れましたこと、深くお詫び申し上げます。星解きの巫女・璃嵐様のお召しにより、冬宝珠と婚約を結びしヒナタ・ハッセルバッハ――ただいま直参致しました」

 


 いつもと変わらぬヒナタの様子に、宝珠は安堵と共に胸のざわめきを覚える。

 どうやらヒナタは隣に見える塔の最上階から窓を破り飛び降りてきたようだ。

 橋の倍はあろう高さに、あの破天荒な偽りの婚約者を前に想定などやはり無意味なのだと再度思い知る。



 「……姿が見えぬと聞いていたが、まさか空から降ってくるとはな」

 「晴れ間を乞うなら空に近いほうが良いでしょう、とあちらの塔に案内されましたの。あのまま、鍵と閂で封じられた部屋で軟禁されていたほうが宜しかったかしら?」



 ぴくりと璃嵐の目が細まり、一拍ののちに、いいやと(かぶり)を振った。

 ヒナタは宝珠の婚約者であっても、今はまだ異国の客人。しかも、璃嵐自ら後ろ盾を提示するほどの存在だ。



 「どうやら妾の要請を曲解した者がいたなんだ。許せ、ヒナタ」

 「ふふ。この程度、愛らしい児戯(じぎ)ですもの。璃嵐()()様が気になさることではありませんわ」



 あえて公式の場で璃嵐を“姉”と呼んだヒナタに周囲がどよめく。

 それはこの黎煌国において、星解きの巫女と異邦人のヒナタの間には親密な関係があるということだ。


 全て分かった上で、「過失はそちら側」と優美に微笑むヒナタ。

 それに対し璃嵐はやれやれと肩をすくめ、高い貸しになったなと小さく溜息をついた。


 

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