第34話 予測不能
ヒナタは静かに目を閉じ、一瞬で意識を深く沈める。
トポンと、まるで深海にでも落ちるような感覚だ。
(二十年以上前の残滓なら、とっくの昔に薄れていてもおかしくない)
そう思いつつも、不確かで曖昧な世界に降り立ったヒナタは、ゆっくりと目を開いた。
ぐるぐる、ぐるぐると。
光をまとった淡い粒子が、まるで遺伝子のように羅列をなして浮かんでいる。
(こんなにもはっきりと“金”が残ってる。でも、じゃあなんで雲は赤いの……?)
誘われるように近寄ったヒナタは、光に向かって指先を伸ばした。
そうして光の粒子に触れようとした……その瞬間――
――どうして!!
「ッ!」
「ヒナタ殿っ!」
伸ばした右腕に鋭い痛みが走り、幾筋もの裂傷から血が滲む。
藍飛の声とほぼ同時に宝珠の瞳が大きく見開かれたのが視界の隅に見えたが、血が付かないよう袖をまくり上げたヒナタは、それを気に留める間もなく声を荒げた。
「ライ! 暫定距離! 立体地図出して!」
即座にヒナタの指示通り緑色の粒子で構成された立体地図が浮かびあがり、ここにはいない第三者の声が響く。
《無理だ、ヒナ! 影響範囲が広すぎる!》
「分かってる! でもあたしに干渉するレベルなら絶対近くにいる!」
睨むように粒子の本流を追いながら、左手で素早く右腕の傷を覆い口ずさむ。
「《Lv.3回復》」
淡い光に包まれ、裂傷は跡形もなく消えた。
レベル一の守護、レベル二の強化、レベル三の守護と賛歌の低レベル層は調律士の強化回復がメインになっている。
同様の機能は指輪にも二重で搭載されているが、電力不足の今、指輪はできるだけ温存させたい。
何より、状況が分からない宝珠に傷ついた姿を見せたくなかった。
様々な粒子の流れが地図上を洪水のように埋め尽くす中、ハッとした声が静止をかける。
《……待て、ヒナ。これは……朝廷だ!》
「うそ!? でも、さっき行った時は何も……!」
《それは今回追った残滓じゃねえからだ!》
「はあ!? じゃあもしかして、黎煌国には金と赤の二つの歪みがあるの!?」
《現状それが一番可能性が高い! 複合型かもしれねぇ!》
「なにそれ! 金の残滓は!?」
《……ローカル内には、いない》
「……っ」
ライの言葉を聞いて、ぴたりとヒナタの動きが止まる。
今は、ここまでだ。
これ以上追いようがない。
そう判断をつけてから投げるような乱雑さで地図をかき消す。
それからゆっくりと深呼吸をして、眉を八の字にしてる子供たちに向かってふわりと表情を和らげた。
「びっくりさせてごめんね、ルーク、リア」
「マ、ママぁ……! いたくない? おてていたくない?」
「ママ! ケガはきをつけなきゃなのに! なんでライはまもってくれないの!?」
《……悪い、ルーク。今回は完全に俺のミスだ》
「違う。それはあたしが、護衛権限を最低設定にしてるからで……」
《それでも、自分のコードネアを守れないふざけたLynxがどこにいるんだよ》
椅子から下りてくる子供たちを抱きとめながら、傷付けて悪かったと告げる声色にヒナタは苦笑する。
そうして、取り残されたように唖然とした宝珠と藍飛に対しても困ったように微笑んだ。
「えーっと……驚かせてごめんなさい。まさかこんなにも反発されるとは思わなくて。でも一応、収穫はありましたよ!」
「そんなこと、今は重要じゃない」
時が動き出したかのように、宝珠の手がヒナタの手首を掴む。
驚いたようにヒナタは目を丸くしたが、宝珠はただ、傷の消えたその白い肌に目線を落とすだけだ。
「本当に大丈夫ですよ、宝珠様」
「……先ほどの声は、なんだ」
「え? あ、あー……そうですよねぇ……」
いつかは紹介せねばと思っていたが、まさかこんな展開になろうとは。
だがこれもまた仕方ないとばかりに、ヒナタは宝珠の手を振りほどくことなく微笑んだ。
「内緒にしてたんですけど……実は私たち、もう一人家族がいるんです」
「……家族?」
「はい。紹介させて頂いても?」
そう言って首を傾げたヒナタに、宝珠は小さく頷くことしか出来なかった。
「――ライ」
ファン、という独特なノイズ音とともに空間が揺れ、突如として現れた青年に――宝珠たちの意識が固まる。
短い黒髪に、血のような赤眼。
間違いなく人の姿はとっているというのに、ソレは部屋の向こうが透けるくらいに薄い。
《お初にお目にかかります。ヒナタの護衛のライと申します。この国で、ヒナタと子供たちを保護してくださったこと……心より感謝します》
人間ではないと、一瞬で理解できた。
それでも尚も――ライは、宝珠らに深々と頭を下げ、感謝を述べる。
「護、衛……?」
「まぁ見ての通り、人ではないですけどね。彼は、人間が作り出したコードネア専用護衛で、私の相棒。……そして」
双眸を緩ませたヒナタは、ライを見て微笑む。
「私たちの最愛の家族です」
そう言って笑うヒナタは、宝珠の知るどんな表情より穏やかで甘やかだ。
無意識にヒナタの腕を掴んでいた手から力が抜ける。
人ではなくとも、“家族”なれるのだと、宝珠はその時初めて知った。
もしかしたらその言葉は、宝珠が得たくても得られなかった――羨望の塊だったのかもしれない。




