第33話 その異端、金なり
それがどのくらいの時間だったか分からない。
長かったのか、短かったのか。ただ、ヒナタの目に確実に自分の姿が映ったことだけは宝珠にもはっきりと理解できた。
そんな永久の時間とも思える刻を裂いたのは、舌足らずな子供の声だ。
「あ、フードおちちゃった」
よいしょと膝に登ったアステリアが、落ちた宝珠の布に手を伸ばして引っ張りあげると頭に乗せる。
満面の笑みで「できた!」と笑うアステリアだが、石のように固まってしまった宝珠にこてんと首を傾げた。
「あれ? どこかいたい?」
「もう、リア下りて……! すみません、宝珠様……!」
中途半端に被らされたフードから金髪や金眼が見えても、アステリアの瞳はただ心配げに宝珠を見上げている。
慌てたヒナタが宝珠の膝からアステリアをどかそうと手を伸ばしたところで、ようやく宝珠の口から言葉が滑り落ちた。
「何も、思わないのか……?」
アステリアを抱き上げようとした体勢のまま、ヒナタも小首を傾げる。
視線は、合っている。
それなのに、ヒナタもアステリアもルークも。ただ不思議そうに首を傾げるだけだ。
そのあまりにも自然な様子に、宝珠は初めて全身の力が抜けるのを感じた。
「え、っと……美丈夫だなぁとは思ってますよ? 全力で」
「ぶっ……!」
思わぬヒナタの返答に藍飛が吹き出す。それに対し慌てたのはヒナタだ。
「え!? 美人って言って良かったです!? 男性だから遠慮したのに!」
「っぶふ……! くく……っだって、宝珠……良かったじゃない……ぷぷ……!」
椅子にもたれ掛かるように口元を押さえ、激しく肩を震わせる藍飛。
そうじゃない。
そういうことじゃないのに、という雰囲気さえ蹴散らすヒナタの発言に、宝珠も藍飛も違う意味で言葉を失うしかない。
「……普通に考えて金の髪はおかしいだろう」
「そーですか? 綺麗ですよ? ねー?」
「うん、きれい!」
「きれい!」
「……っ」
無邪気な子供たちの声と笑顔は宝珠の心に深く刺さる。
この国は黒髪かそれに似た色合いばかりで、宝珠のような金の髪や金の目は、彼以外一人もいないというのに。
血の繋がった実の父でさえ、母の不義を疑ったほどに……
「あぁ。でも、もしかしたら“残滓”の影響かもしれませんねぇ」
ヒナタの言葉に、宝珠はのろのろと顔を上げた。相変わらず柔らかな笑みを浮かべるヒナタは、本当に宝珠に対して忌避感や嫌悪感を持っているようには見えない。
「李花に聞きました。宝珠様が生まれた日は赤雲が晴れたって。それって結構重要で、歪みの残滓を受けた可能性が高いんですよ」
「歪みの、残滓?」
独り言のように呟く宝珠からようやくアステリアを下ろしたヒナタは小さく返事を返す。
床に降ろされたアステリアは懲りずに再度宝珠の膝に登ろうとしていたが、即座にヒナタに「だーめ」と注意され、不貞腐れながらも宝珠の隣に陣取った。
「でも、赤雲の残滓なら赤髪と赤目になるのが妥当かと思うんですけど……捻れてるのか、それ以外の要因があるのか……この辺は本格的に調べないとダメですねー」
「それは……調べられるものなのかい?」
「もちろん。それが私の本職なので。宝珠様次第ですけど、ちょっとだけなら今すぐ調べられますよ……?」
ようやく笑いの引っ込んだ藍飛の少々疑いに満ちた声にも、ヒナタは迷わず頷いて一つの提案を宝珠に投げかける。
「宝珠様の髪と目の色が歪みの残滓なら、宝珠様は歪み本体とも繋がっているはずなんです。なのでそれを辿れたらなぁ〜って……一応、璃嵐様にも原因究明するって約束しましたし……」
「それはどうやって調べるんだ?」
するとさっきまでの勢いはどこかに消え、少々言い淀んだようにヒナタが目線を泳がせる。
「触っちゃ……ダメですよね?」
「何に?」
「宝珠様に」
「……は?」
宝珠の気の抜けた声に、ヒナタは少し困惑げにまくし立てるように叫ぶ。
「だ、だってこの国の文化じゃ男女ってあんまり触れ合わないでしょう!? 残滓を追うには対象物に触れるのが一番早いけど、勝手に触れちゃ怒られそうじゃないですかっ! 特に宝珠様、美人だから!」
「美人となんの関係があるんだ?」
「私がドキドキするじゃないですか! 美人に近づくのって緊張するんですからね!?」
「…………」
なんとも言えない宝珠の表情に、ヒナタがおずおずと尋ねる。
「……怒りません?」
「怒らない」
「あと私の顔は見ないで下さい。多分、メイク崩れるから」
「この距離はいいのか?」
「駄目に決まってるじゃないですかー! もーとっとと目を閉じて下さいよー!」
「……」
好きにしろと言わんばかりに宝珠が目を瞑れば、一瞬迷ったヒナタの気配が近寄るのが分かった。
てっきり手にでも触れるかと思えば、両頬に指が添えられ、額と額が重なる。
「《深層同調》」
わずか五センチ先で感じる吐息に、宝珠の瞼が揺れた。
どこからか、甘い香りがする。
こんなに風に誰かが近づいてきたのは、人生で初めてのことかも知れない。




