第31話 その神秘は、闇深い
「雨恵祭に……?」
「しかも璃嵐様直々の後ろ盾を?」
あの後、璃嵐と短く言葉を交わし、宝珠たちの元に戻ったヒナタが事の顛末を説明すれば彼らは揃って驚きを声に含ませた。
それも当然だ。
ヒナタが偶然にも得た後ろ盾は、早々に得られるものではないのだ。
この黎煌国で、神事や祭事を司る祀省最高位・星解きの巫女は、普段は清院と呼ばれる塔から出ることはなく、滅多に人前にも姿を現さない。
だが彼女は、赤雲に覆われ星の見えないこの国で、古記録や伝承を読み解き、国の吉凶や兆しを示すことのできる唯一の存在である。
その役目ゆえに、この国では星読みではなく“星解きの巫女“と呼ばれ――時の王と並ぶほどの権威を持つ大巫女だった。
そんな今代星解きの巫女・璃嵐は、宝珠を守りたいと言ったヒナタの言葉と、赤雲を晴らす調律士としての力に興味を示し、赤雲の究明と引き換えにヒナタの後ろ盾を約束する。
さらにもう一つ。
璃嵐は、ある神事への助力をヒナタに頼んでいた。
「雨恵祭って雨季に入る前の神事で、雨の恵みに感謝して事故や災害が起こらないよう祈願するものだと聞いたのですが……」
「そう。高位神事には多くの人が集まるが、雨季間近の今の季節は天候に恵まれなくてね。例年、みな濡れることを覚悟しての参列になる」
すっかりよそ行き口調に戻ったヒナタは、苦笑気味な清淵の表情を見て璃嵐の言葉の意味を悟る。
水の国とも言える黎煌国で、雨恵祭は極めて重要な儀式だ。
普段清院から出ない星解きの巫女も、この時ばかりは祝詞を捧げるために姿を見せるらしいのだが、うんざりした彼女の真意はどうやらそこにあったらしい。
「それで璃嵐様は婚約者殿に雨恵祭に参列してほしいと?」
「参列、というより、神事の間は雨を晴らしてほしいと。濡れながら祈祷するのはもう飽きたからと仰ってましたわね」
「雨を、晴らす……? では冬律官の言う通り、先ほどの赤雲も本当に婚約者殿が?」
今しがた赤雲が晴れ、場が騒然としたことは記憶に新しい。
恐らくヒナタの仕業だろうと宝珠が口にしたが、清淵にはまだ信じきれていなかった。
報告では聞いていたが、以前赤雲が晴れた夜は、清淵を含めほとんどの人間が目にしていない。
だが、先ほどの晴れ間は違う。まだ明るいこの時間帯に清院一帯を照らすように晴れた空は、清淵を含め多くの人間が目撃しているのだ。
赤雲の晴れた明るい赤空は、どこか哀愁や郷愁を感じて――ふいに胸の内が締めつけられるように苦しくなったのを覚えている。
「まぁ次は神事の間ということですから、もう少し空も長く晴れますわ。璃嵐様には後ろ盾も頂きましたし、お役に立てる範囲で協力するつもりです」
「その、……何と言ったか。その赤雲を晴らす力は」
「調律ですわね。不可思議にみえますでしょう?」
清淵もこの国の宰相。
警戒心を抱かせないためにも、少々説明する必要があるだろうとヒナタは笑みを浮かべた。
実のところ、ヒナタたちコードネアが扱う宇宙調律言語は、同調と調律の二つしかない。
これは理解ではなく、ある日突然“認識”できるようになるため、常人には聞き取ることも、ましてや覚えることもできない稀有な言語だ。
「私たちの認識では、理のある古ーい言語で、摂理に干渉する特別な作用があるというだけなんです。まぁ、こう聞くと怪しげな術のようにしか見えませんわよね」
「それを自ら言うとは豪胆だね。それにしても摂理に触れる、か。……つまり調律士とは選ばれた素質、というわけだね」
「ふふ、格好良く言えばそうかもしれませんわね」
そう言って淡く笑んで言葉をまとめたヒナタは、寸分の狂いもないほどに完璧だった。
“選ばれた素質”が幸か不幸かなんて――そんなものコードネアには関係ない。
なんせコードネアは、宇宙の深淵に届いても尚、不運にも立ち上がってしまった者の末路なのだから。
一度でもソルフェジアに魅入られた彼女らは、もう逃れることはできない。
銀河共生機構からも、宇宙からも――監視者からも。
ただ彼らに望まれるがまま、あまたの世界を彷徨うだけだ。
*
清淵と別れ、ヒナタを御者車まで送り届けた宝珠は、そのまま一緒に乗ることなくその場に残った。
「先に屋敷へ戻っていろ」
「……あれ、宝珠様は?」
「私はまだ仕事がある」
もう夕方になるが、今日は宝珠の出仕日だったことを思い出してヒナタは納得した。
「分かりました。頑張って下さいね」
「……あぁ。陽、あとは任せる」
「はい、宝珠様。お任せ下さい」
そう言って御者の趙陽は恭しく頭を下げ、御者台へと戻っていく。
窓からひらひらと手を振るヒナタを見送った宝珠は、遠くなる御者車を背に静かに踵を返した。
(時間が押したこと、根掘り葉掘り聞かれるな……)
直属の上司からの容赦ない問答を思い浮かべて、宝珠は小さな溜息だけ残し、建物の中へと消えていった。




