第27話 好奇心の距離
「婚約者様と宝珠様は、本当に仲がよろしいんですね」
静阿にも同じことを言われたなと思いつつ、ヒナタは雪に案内された部屋で着替え始めた。
本当の面談時間が五の鐘だったと聞いたのはつい先程。
早めに屋敷を出たおかげで子供一人の命を救うことはできたが、その対価となったのは高級な絹の中衣だ。
「うぅん……でもさっき、思い切り猿呼ばわりされましたけど……」
「ふふふ、そんな軽口も仲が良くなければできません。しかも先程婚約者様のことを名前でお呼びになっていたでしょう? ことさら親しい証拠ではありませんか」
楽しげな雪の口調に少々苦笑いを浮かべつつも、ヒナタは薄汚れた中衣を脱いだ。
下着姿になったヒナタを見て、雪が不思議そうな視線を向ける。
「もしや、そちらが異国の内衣ですか?」
「え? あぁうん。今日は着慣れたものが良かったから」
雪が釘付けになっているのは、ガイアでは珍しくもなんともない至って普通の下着。
だが、補正という概念がない黎煌国ではヒナタの下着はとても斬新で、ずいぶんと目新しく見えた。
今回、宰相との会談までに時間がなかったとはいえ、ヒナタは髪や化粧、そして体型までをもほぼ完璧に仕上げている。
見目で判断されることが多いこの国では、髪の長ささえ除けば、きっとこの見た目はアドバンテージに変わるはずだ。
「私も静阿の妻としていろいろなものを見てきましたが、婚約者様からは未知のお話が飛び出しそう……実に興味深いです」
「あぁ、林静阿さんの奥方様なんですね」
「ええ。でも冬家の婚約者様がそんなにかしこまらないで下さい。せっかくの出会い、どうか私たちのことは名前で呼んでくださると嬉しいです」
そう言ってヒナタが脱いだ中衣を受け取った雪は優雅に微笑む。
どこか抜けているような静阿には、彼女のようなしっかり者の妻がぴったりなのかもしれない。
「そう? それなら私も“婚約者”じゃなくてヒナタって呼んでくれると嬉しいかな」
「……それは、よろしいのですか?」
「うん。宝珠様も気にしないから。……多分?」
悪戯っぽく笑うヒナタに、場の空気が一気に和む。
この国では、名前より家柄が重んじられるため、名前で呼ぶのは親しい間柄か名呼びの許可を得た者だけ。
だがそれが、銀河生まれの惑星ガイア・リートン国育ちヒナタには少々窮屈なのだ。
「私の国では、家柄より個人が優先されるの。だから名前のほうが嬉しいかな」
「なるほど。異国とはおもしろいのですね」
他文化に対して物珍しそうにする雪をよそ目に、ヒナタは新しく届いた中衣に袖を通す。
同調の作用は宝珠たちを起点にすでに都市全体に広がっているが、その現れ方は人それぞれだ。
直接同調で繋がった宝珠と藍飛とは違い、雪たちは“噂で聞いた”というレベルの同調作用しか及ばない。
何より同調は、ほんの少し多文化の受け入れを容易にするだけで、最終的に受け入れるかどうかはその人自身が持っている許容量によるのだ。
だから雪がヒナタに興味を示すのは、彼女本来の……商人としての気質ゆえなのだろう。
ヒナタの冬家の人間を示す青い外衣を整えながら、雪がふっと笑う。
「ではこれからヒナタ様とお呼びさせていただきますね。……ふふ、これは商人の勘ですが、ヒナタ様とは長いお付き合いになりそうな気がして。噂ではお子様がいらっしゃると聞きました。私にも五人の子供がいますから、何かあったら遠慮なく仰って下さいね」
「へ!? 五人!? え、待って……じゃあ、静阿さんって五児の父!?」
あのどこか昼行灯とした静阿を思い出して、思わずヒナタが声を上げる。
それを聞いて、きゅっと前帯を結んだ雪が面白げに笑った。
「結婚したのは静阿が十五、私が十八の時なんです。一番下の子は春に生まれたばかりですけど」
「……姉さん女房なんだ。それは、なんか納得」
「ふふふ、よく言われます。あの人、のほほんとしてますでしょう? ……あぁこちらの小物入れも一緒に入っていましたよ」
そう言って雪から渡されたのはヒナタのメイクポーチで、それを見て思わずヒナタの表情が緩んだ。
恐らくはヒナタの優秀なLynxが、子供たちを通して荷物と一緒に持たせるよう李姜たちに頼んだのだろう。
「……そうだね。ああいう手合いは商談になったら全然食えないから、逆に油断はできないけど」
「あら、ヒナタ様は商人というものをよくご存知で」
「そりゃあ、人が良いだけの商人なんて見たことがないから」
ふふっと笑い合う二人はどこか通じ合ったようにも見えた。
男は外で、女は内で。そんな風潮の強い黎煌国ではあったが、どうやら貴族とは違い、一般庶民の女性は好ましいくらいに逞しいようだ。
それに商人の伝手ができることはヒナタにとっても悪くないことだった。特に女商人との伝手となれば、今後、この国で生活するうえで動きやすくなる。
偶然にも得た出会いだったが、これが今後の黎煌国の様々な問題解決に絡んでくるなんて――この時はまだ、誰も知るよしもなかった。




