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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第一章

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25/80

第25話 命の境界


 橋の欄干を飛び越える前に、ヒナタは薬指にはめられた指輪の腹に触れる。


 

 (Mobility(M)Assist(A)Unit(U)起動)



 次の瞬間、ヒナタの指輪から淡い色をしたナノカーボン複合ワイヤーがひらめき、欄干に勢いよく巻き付けられた。

 そのまま流れるような動作で宙に舞うワイヤーを体に括り付けると、衣を濡らさぬよう膝を折る形でヒナタは迷わず飛び降りる。


 水面までは約0.7秒。

 一秒にも満たない時間が――生死を分けるのだ。

 


 (重力補正半径一メートル。軌道補正センサー、バランス制御異常なし。稼働時間は……せいぜい十秒……!)


 

 ヒナタの栗色の瞳が虹色の色彩を帯び、驚くほどの強度と柔軟を誇るワイヤーは最適の手綱へと変わった。

 そして落下の勢いのまま濁流に翻弄される少年の襟首を捕捉すると、重力補正で一気に引きずり上げる。



 (……っ! |Cardiac arrest《心停止》!)



 指輪に内蔵されてる生体スキャンからの緊急信号にぐっと眉を寄せつつ、ワイヤーは弧を描くように橋の下をくぐり、反対側の欄干まで一気に駆け上った。



 「おぉ……っ!」



 少年を右手で抱きあげ欄干にふわりと着地したヒナタに民衆がどよめき、無意識にも周囲から人が離れる。

 だがヒナタはそれに構うことなく橋へ降り立つと、少年の体を横たえ、膝立ちの体勢のまま迷うことなく少年の胸に両手を押し当てた。



 「ねぇ、この子の家族はいない?!」



 何度も一定間隔で真上から胸骨圧迫を繰り返す。

 子供相手の救命措置とはいえ、ヒナタが少年に対して人工呼吸することはできないのだ。

 

 人工呼吸(それ)は、婚約者の宝珠の名誉のためにも絶対に許されない。

 命と名誉のどちらが大事なのだと言われても。それでも、名誉のために死ぬ文化なんて掃いて捨てるほどにある。



 「おい! こっちだ! 坊主の母親だ!」

 「あぁ……っ……(ショウ)……!」



 人波をかき分けるようにやってきた女性は、まさに死の淵に立たんとする息子の姿に、震える声で涙を浮かべ、今にも崩れ落ちそうなほどに青ざめた。

 だが、それをヒナタの怒声が許さない。



 「母親のあなたが泣いてる暇はないの! この子はあなたの息子でしょう?! 助けたいのならさっさと協力して!」



 ヒナタの勢いに押され、びくりと母親の肩が跳ねて涙がこぼれ落ちる。

 何をしているのかは理解できないが、それでも目の前の見ず知らずの女性が息子を助けようとしてくれることだけは本能的に分かって、恐る恐る子供の元まで足を進めた母親は半ば倒れ込むように座り込んだ。


 いつもは手に余るくらいにわんぱくな息子は、今はピクリともせず、ぼろぼろと涙が溢れる。


 

 「よく聞いて。あたしが合図したら、その子の口から直接息を吹き込むの」

 「く、口から息を……?!」



 ざわりと周囲がどよめくのが分かった。それが分かっていたからヒナタはほぼまくし立てるように叫ぶ。



 「あなたは母親なの! 今、その子を助けられるのはあなただけなのっ! それができなきゃ、その子は死ぬわよ! もう二度と……二度とお母さんって呼んでもらえなくなる! それでいいの?!」

 「……っ!」



 “死”という言葉に、母親から涙がこぼれ落ちる。

 

 いいわけがなかった。

 八年間育ててきた大切な一人息子を前に震える母親は、ぐっと自身を奮い立たせるよう膝の上で拳を握りしめる。

 

 その眼差しに覚悟を見たヒナタは冷静に次の指示を出した。



 「いい? その子の顎に手を当てて……そう、それから少しだけ頭を後ろに傾けて。顎と喉と胸が一直線になるように」



 ヒナタの指示を受けた母親は、そろりと触れた冷たい我が子に動揺しつつも息子の顎を持ち上げ頭を反らせる。

 まっすぐになった少年の体を見てヒナタが頷いた。



 「そしたら鼻も塞いで。そのあと息が漏れないよう口全体を覆う感じで、優しくその子に息を吹き込むの。一……二……って数えるくらいゆっくりでいい。それを二回繰り返して。……迷ったら、この子は死ぬわよ」

 「っ……! わ……かりました」



 ほとんど脅迫だった。でも、そうでもしないと文化圏の違うこの国で、この子供はきっと救えない。

 迷う母親の指先が子供に触れ、震える唇がゆっくりと息を吹き込んでいく。


 その小さな胸に二度空気が満たされ膨らむのを見て、ヒナタは再度、胸骨圧迫を繰り返した。

 その時――


 びくんっと子供の体が跳ね、喉の奥からぐえっと濁った水と息が吐き出される。



 「間に合った……!」



 吐いた水で再度窒息しないよう首を傾けてやれば、小さな体に僅かな呼吸が戻り、それと同時に周囲は激しい歓声に湧く。

 ほっとしたように大きく肩で一呼吸置いたヒナタだったが、民衆の中に見慣れた“青”を見つけ、「げっ!」と声を漏らした。


 人波を割れるよう現れたのはもちろん宝珠だ。

 見えない布の奥の物言いたげなオーラに、ヒナタはへらりと笑って誤魔化すしかない。


 


しばらくはストック確保のため、毎日更新から火・木・土の週3連載になります。

引き続きお楽しみ頂けたら幸いです。

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