第2話 理解の狭間
「こちら、芳茶でございます」
子供たちとともに保護されたヒナタは、差し出された茶器をどこかぼんやりと眺めた。
立ち上る香り高い湯気からは、リラックス効果のあるほのかな花と香木の香りがする。
だが、気を抜くわけにはいかない。
子供たちを攫った男らはあのあとすぐに警ら隊に捕縛されたが、二人ともこの屋敷の別室で眠ったままなのだ。
「大丈夫。一時的に深く眠ってるけれど、明朝には目覚めるよ。きみも疲れただろう? まずはお茶でも飲んで一息ついて」
「なぜお前が我が物顔で振る舞ってる」
「だってきみ、こういう会話は苦手だろう?」
まるで主人のような優雅さで茶杯を掲げる蒼黒髪の青年は、ヒナタにお茶を勧めつつも茶目っ気たっぷりに笑った。
話の流れから察するに、どうやらここは彼ではなく、布を被ったもう一人の青年の屋敷だったらしい。
「そういえばまだ名乗ってなかったね。私は碧藍飛。警衛局の人間だよ。……ってほら、宝珠。自己紹介して、自己紹介。できるかい?」
「奇妙な子供扱いするな。……冬宝珠だ」
軽口な藍飛と素っ気ない宝珠。
そんなやりとりに、思わずヒナタの表情も和らぐ。
「ヒナタ・ハッセルバッハです。ハッセルバッハが家名ですが、呼びにくいかと思いますのでどうかヒナタと」
「へぇ、それは珍しい家名だね。衣を見た時も思ったけど、どうやら本当に黎煌国生まれではなさそうだ。もしかして、海の向こうにあると聞く異国から?」
藍飛の問いに、ヒナタは笑みを浮かべたまますぐに答えなかった。
他国を異国と呼ぶ時点で、恐らくここは周辺諸国との繋がりがほとんどない国なのだろう。
不躾にはならない程度に室内を見回し、この国に来てからのことを思い出す。
(まいったな、やっぱりここは裏律界だ。見た感じ中世のアジア諸国っぽいから、文明差も考慮して動かないと……)
惑星間を行き来可能な星間ワープは、非常に稀だが目的座標とは違う場所に飛ばされてしまうことがある。
どうやら今回、その不運な星間事故にヒナタと子供たちが巻き込まれてしまったらしい。
勧められた茶器を手にし、ほのかな熱で両手を温める。
そしてどう説明しようかと悩みつつ、ヒナタは口を開いた。
「異国……という点ではその通りです。ただ、もっと遠くからですが。ちなみにお二方は"宇宙"という言葉をご存じですか?」
「うちゅう? いや、私は知らないな。宝珠、きみは?」
「……聞いたこともない」
「そう、ですか」
念のために聞いてみたが予想通りの答えだ。
こうなるとやはり、一から説明したところで理解を得るのは難しいだろう。
(あぁもう! 出会った時に言葉以外も“同調”させておけばよかった……!)
だが、それを今さら言ったところで意味はない。
あの時は子供たちがいなくて、言葉を整えるだけで精一杯だったのだ。
ここでヒナタは、意を決してとある提案を二人に持ちかける。
「“私のやり方”で、少し現状を説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ん? あぁ、もちろん構わないよ」
疑いなく同意を示した藍飛に、言質は取ったとばかりにヒナタは早速行動に移した。
一呼吸を置き、目を伏せる。栗色の瞳が水鏡のように揺れ、虹色の色彩を帯びた。
「《思考思想同調》」
言葉にならない声が耳に届いたかと思った瞬間――カチリ、と再度世界の歯車が噛み合う。
その一瞬で、先ほどまであったヒナタへの疑心や警戒心といったものが薄れたことに宝珠らはハッとした。
代わりに残ったのは、絵巻でも思いつかないような未知の情報だ。
どうやら黎煌国の外には自分たちの想定以上の他国家他文明やがあり、それは海どころか空を越え、惑星と呼ばれる規模で広がっているという。
そこで宝珠たちは、目の前にいる摩訶不思議な女が他惑星から来たのだと直感的に理解した。
なぜそう思ったかは説明できない。
最近見聞きしたかのような、一方で遠い昔から知っていたような、そんな曖昧さがある。
だがそれこそが、ヒナタが使った言語思想統制能力・《同調》と呼ばれるものの正体だった。
違う言語をさも同じように理解し、対話のために最低限の文化思想を同期する。
それは新たな地に降り立った彼女たちが最初におこなうものだ。
(家柄重視の身分制度有りで、見た目が重要な世界、ね。となると家名呼びが一般的なのかな……思わず名前呼びを提案したけど、ちょっと失敗したかも)
「――そなたは異国の、この空の先から来たと?」
ふいに呟かれた宝珠の独り言に意識を浮上させたヒナタは、静かに茶杯を置くと居住まいを正す。
ここから先はどうなるか分からない。だが、想定外であったとしても対処はできる。
なぜなら。
指定された未開惑星に赴き、同調を通じて現地調査をおこなって銀河ネットワークに加盟するか否かを判断することこそ――
銀河共生機関――通称:GCOに所属する、ヒナタたち"調律士"の仕事なのだから。




