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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第一章

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18/80

第18話 楽しい時間(3)


 

 「外交……つまり、他国との交渉権限がそなたにあると?」



 疑心を含んだ事実確認にも、何杯目かのすもも酒を飲むヒナタは気にも留めない。


 

 「一応全権は預かってますからね〜……とはいってもこの惑星は私の管轄じゃないんでやることもないですけど……まぁ、個人的にこの空は気になるなぁってくらいですかねぇ」



 そういってヒナタは、柱の向こう側に見える空をぼんやりと眺める。

 この国に来た時と変わらない赤黒い夜空は、まるで火災が起きたような空模様だ。



 「この空は、まぁ間違いなく異常現象……なんですがー……かといってこの環境下で自然破壊とかの人為的要因は少なそうだから……とすれば……呪詛とかの可能性が一番高そうではあるんですけどー……あまりにも年月が経ちすぎて発生源の特定が難しそうなんですよねぇー……」

 「……そうか」



 ヒナタの間延びした推測に、酒杯を持つ手に力が入る。

 呪いだの凶兆の存在だの……そんな悪意の囁きなら嫌と言うほど聞いてきた。

 耳にこびりつく陰湿な影を追い払うよう酒を煽れば、同じすもも酒がかすかに苦く感じて宝珠は僅かに眉を寄せる。

 

 

 「……宝珠さま?」



 そんな自分を何一つ知らない偽りの婚約者は、酒が回ってきたのか言葉のいとけなさに磨きがかかった。

 それがなんだか少し気に障って、宝珠は考える間もなく言葉が滑り落ちる。



 「……そなたには亡くなった夫君がいるのだろう。偽りとはいえ、本当に顔も素性も知らぬ私と婚約を結んで良かったのか?」



 だが、それを聞いたあとにすぐに後悔した。

 ヒナタがこの偽りの関係を選んだのは、子供たちを守るためだと分かりきっているからだ。


 

 (……我ながら愚問にもほどがあるな)



 だが、ヒナタからもたらされた答えは宝珠が想定していたものとは少し違った。


 

 「じゃーあ……宝珠さまの気が向いた時にでも教えてくださいねー」

 「……?」



 思わず確認するようにヒナタに視線を向ければ、その表情は先ほどと変わらず機嫌良さそうなままだ。



 「元々知ってたのは、藍飛様に振り回され気味で、ちょっと押しに弱くて、でも使用人の李姜たちにも気遣える人ってこと。そして、今日知ったのは、聞き上手で私と一緒にお酒を飲んでくれるってこと。あとは意外と子供の扱い方が上手だってことですね! とりあえず素性はこれである程度知ってると思いますけど、足りません?」

 「な、ん……?」

 


 咄嗟に言葉が出てこず、中途半端な声が口から滑った。それでも、ヒナタは気にした様子もなくどこか悪戯っぽく笑う。



 「ふふ、一応婚約者同士なんだから最初にもう少し自己紹介でもすれば良かったですかねぇー? ヒナタ・ハッセルバッハ二十三歳! ルークとアステリアの母歴三年目で、仕事は政府特殊職員・調律士(コードネア)。好きなものはお酒とつまみと甘いもの!」

 「……それは今日、よく知った」

 「あはは、そーですよねぇ。あとお洒落も好きだし、子供たちとお昼寝するのも大好きですよ〜」



 ヒナタの軽やかな声に、先ほどまで耳障りだった悪意も消え、酒の味が元に戻っていることに宝珠は気づく。

 どこか不思議なオーラを持つ偽りの婚約者は、さらに悪戯っぽく笑って人差し指を立てた。

 


 「ふふ~じゃあ宝珠様には特別に、もうひとつコードネアのことを教えてあげますね」


 

 おもむろに立ち上がったヒナタは、すぐそばの欄干まで向かい赤雲に覆われた夜空を見上げる。

 


 「コードネアは外交官以外にももう一つ顔があって、それが現地調査員なんですよ〜」

 「現地調査員?」

 「まぁ簡単にいえば、同盟を結びたい星に先発隊として行って、同盟相手として相応しいかを判断するって役目ですねぇ……その過程で、その星が抱えている問題を解決することで優位な交渉に持ち込むことがほとんどで……その時必要なのがさっきの同調とー」



 一旦言葉を区切ると、ヒナタは空に向かってまたあの不可思議な言葉を紡いだ。



 「《Lv.4:解放(#〜###♪)》」



 ざわりと木々と大気が揺れる。だが、周囲を見ても特段変わった様子は見受けられない。



 「宝珠さま、こっちこっち」



 そうヒナタに手招きされ、欄干に近づいた宝珠はヒナタの指先をたどり――言葉を失った。



 「雲の向こう側まで赤いなんて随分と気合いの入った歪みですねぇ……めんどそーです」



 そう呟いたヒナタの声が、どこか遠くに聞こえる。

 

 今、宝珠が見上げた先にあるのは――実に二十五年振りに晴れ渡った、正真正銘の――()

 いつもは風が吹いても流れない赤雲が晴れ、赤い月が顔を覗かせるさまはどこか不気味だが、それでも頭上には美しい夜空が広がっていた。


 

 「ちなみにこれは、調律という力です。同調と違って強制力があるから、だからこれを使う時って大体面倒ごとが絡むんですよー……」


 

 何となしに語られたヒナタの言葉は、今は理解できそうにない。

 

 だが、並ぶようにして見上げた夜空は数分で元の赤雲に覆われ、ほんのひととき見えた月も雲の向こう側に静かに消えていってしまったのが、ほんの少しだけ苦しかった。

 


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