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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第一章

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第16話 楽しい時間


 「ふふふ〜おいしいですねぇ、宝珠さまー」

 「……」



 琥珀色の液体に満足げな吐息を漏らすヒナタは、まさに上機嫌だった。

 普段の“母”としてのヒナタを見ていればいるほど、その姿はどこか無防備で、幼くも見える。


 屋敷に戻ったヒナタたちを迎えた()母娘は、ルークを抱いて御者車から下りてきた宝珠に小さな驚きを見せたが、すぐに気を取り直して子どもたちの部屋へと案内した。

 

 小腹を満たすには充分なお手軽粽は、子どもたちにとってはよい夕食代わりになったことだろう。



 「宝珠様。ヒナタ様たちをお止めできずに申し訳ありません」



 子どもたちを寝かせ部屋を出た宝珠に、控えていた李母娘が申し訳なさそうに頭を下げる。

 家人の立場である彼女たちが、(ヘキ)家嫡男の誘いを強く断れないのは当然だ。

 だからこそ李姜(リキョウ)は屋敷を留守にしていた宝珠に文を出し、ヒナタたちが藍飛と共に夕市に行った旨を伝えたのだから。


 

 「藍飛(やつ)が勝手に連れ出したんだろう。……大事はなかった。問題ない」

 「お二方ともお疲れでしょう。何か軽くお召し上がりになりますか?」

 「そうだな……酒を部屋に運んでくれ」

 「お酒!?」

 


 ぴょんっと跳ねるような声で顔を見せたヒナタに、宝珠も李姜たちも一瞬固まり、会話を止める。だが、それもすぐにワクワクとしたヒナタの声色に引き戻された。



 「そういえばお酒! この国のお酒飲んでないっ! 水が綺麗だから絶対美味しいはずなのに……っ!」

 「……酒を、飲むのか?」



 戸惑いを見せたのは宝珠と李母娘だ。

 だがそれとは反対に、ヒナタはやけに楽しそうに大きく頷いた。



 「お酒は好きですよ! 宝珠様、一緒に飲んじゃだめですか?」

 「……」



 それを聞いた李姜たちは窺うよう宝珠に目線を向け、指示を待つ。

 当の宝珠はしばらく沈黙していたが、数拍の後に静かに息を吐いた。



 「姜、酒は涼亭に運べ。あと何かつまむものを」

 「かしこまりました」



 そう言って身を翻す宝珠に、さすがにお酒を酌み交わすのはまだ早かったかとヒナタがしょんぼりと肩を落とす。

 だが、しばらく歩いた宝珠はふとヒナタを振り返った。



 「……来ないのか?」

 「!」



 ぱぁっと笑顔になったヒナタが宝珠の背中を追う。

 

 その珍しい光景に驚きに顔を見合わせた李母娘は、思わず空気が解けるように笑みを交わした。

 もしかしたら、これをきっかけに新しい変化が生まれるかもしれない。そう思ったら、ただのつまみでも腕によりをかけずにはいられなかった。


 ヒナタと宝珠が向かったのは、屋敷の中心部――渡り廊下の先にある涼亭だ。

 池の水面(みなも)に浮かぶ涼亭は、貴族邸ではよく見受けられる納涼のための東屋で、夏場は虫の音色涼やかに、冬はしんしんとした雰囲気がよく似合う。

 

 そして今、その涼亭にいるのはヒナタと宝珠の二人だけ。

 しかもヒナタは、今までに見たこともないほどに上機嫌だ。



「ふふふ〜お酒〜……ねぇ宝珠様、このあたりではどんなお酒が主流ですか? 結構流通してます? あ、やっぱり貴族向けや庶民向けでお酒の種類って違うんですかね!?」

「……そなたはそんなに酒が好きだったのか?」



 興奮気味に目を輝かせるヒナタに若干の呆れを滲ませながらも、宝珠はため息混じりに律儀に説明を始める。



 「よく飲まれるのは果実酒だ。今の季節なら、(すもも)や山葡萄。あとは蜂蜜酒や、庶民だと雑穀酒が多い」

 「あーやっぱり果物はどの国でも定番ですね! 酸味系は特にお酒にも合いますもんねぇ〜」

 「……そなたの国の酒はどうなんだ」



 そこへヒナタと宝珠の会話の邪魔をしないようやってきた李花が卓に次々と酒と小鉢を並べていく。

 

 塩と香草で味付けされた豆の香炒りに、薄く切った干しすももと食用の菊花を重ねた蜜煮。

 蓮の葉で包んだ一口大の塩粽や、蓮根と山菜を塩と香油で味付けした前菜にもち米塩せんべい。


 いつも以上に気合の入った品々に宝珠が李花に視線を向けるが、彼女はただにっこりと微笑んで静かに去っていった。

 


 「もちろん葡萄酒(ワイン)蜂蜜酒(ミード)もありますけど、一番飲まれてるのはやっぱり麦芽酒(ビール)ですねっ! 蒸留麦芽酒(ウイスキー)とか蒸留果実酒(ブランデー)とか……お酒をその場で混ぜて楽しむ混合酒(カクテル)なんかも人気ですよ!」

 「…………そうか」



 予想の五倍くらいの熱量で返ってきた言葉に宝珠は静かに相槌を打ち、李の果実酒をヒナタの手元に置いてやる。

 この黎煌国で、婚礼の儀や祝いの席以外で女性が酒を口にすることは滅多にない。日常的に酒を飲むとすれば、それこそ客相手の妓女くらいだ。


 だが、目を輝かせて香りを堪能し、そっと口をつけるヒナタに今それを伝えるというのは恐らくは野暮というものだろう。

 


 「く〜お酒だー! しかもちょっとすももの渋みが残ってるのがまたいい――!」

 

 

 ふわりと鼻に抜けるのは、熟した果実の香りとほのかな酸味。

 痺れるような喉の熱さにヒナタは蕩けるような笑みを浮かべ、宝珠も静かに酒杯を手にする。

 

 こうして予想外ともいえる二人の晩酌タイムは始まった。


 

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