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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第一章

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第14話 帰途


 夏とはいえ、赤雲に覆われたこの国の夕暮れは早く、そして暗い。

 お祭り気分を堪能した子供たちは最初こそ楽しげに話していたが、次第に足取りに疲れが滲み始めた。

 

 

 「ママ……」

 「まま、だっこ」

 


 あと少しで御者車(ぎょしゃぐるま)まで着くという時に、二人揃って子供たちの足が止まる。

 重くなる足取りに、今にも「抱っこ」と言い出しそうだと予想していたヒナタは困ったように腰をかがめた。



 「リア、あとちょっとだけ頑張ろ?」

 「うーぅ」



 目の前のヒナタに抱きつきながらふるふると首を振るアステリア。その様子にヒナタは苦笑する。

 今アステリアを抱け上げれば、当然ルークも抱かなければいけない。

 二人一緒でないと、どちらかが拗ねてしまうのは目に見えているからだ。



 《俺が出るか?》

 (……ううん。さすがにここでライを使いたくない)



 普段なら実体化したライが子供たちをまとめて抱っこしてくれる。

 だけど今は――

 

 そう思ってヒナタは、ルークの髪を撫でてやりながら指輪に目をやった。

 

 エネルギー供給システムによる充電は、一日で二割程度しか回復しない。

 今は満充電だが、恒久供給がない以上、ライを実体化させても数時間もすれば充電はゼロになってしまうだろう。

 

 そうなれば充電されるまでの間、他の機能も、いざという時にもライさえも頼れず、しかも今すぐライの存在を宝珠に説明をしなければならないという面倒なオマケ付き。



 (どうしようかなぁ……このままだと二人ともぐずっちゃう。釣れそうなご褒美もないし、むしろ抱っこ以外の選択肢がないんだよなぁ……)

 

 

 日常でも仕事でも。ライなしで動くのは本当に大変だと思案に沈んでいた時、ふと隣に来た気配にヒナタは見上げる。

 警戒しなかったのは、それが誰か分かっていたからだ。



 「ごめんなさい、宝珠様。先に行って下さっててもいいですよ?」

 「……そなた一人で子供二人を抱えるのは無理だろう。――……来い、ルーク」

 「……ぁ」

 


 初めて息子の名前を呼ばれたとヒナタが呆ける間もなく、宝珠がルークに手を差し伸べる。

 よほど疲れていたのか、ルークも呼ばれるまま宝珠に手を伸ばして軽々と抱き上げられた。



 「行くぞ」

 「え、あ、……はい」



 ヒナタもアステリアを抱き上げて宝珠の後に続く。

 御者車にたどり着くまでのわずかな時間。

 抱き上げた小さくも温かな体温は、あっという間に夢の世界へと落ちていってしまった。

 



 *




 「――お前、あの女人を見てなんとも思わなかったのか?」

 「んー? 女人って、もしかして宝珠様の婚約者?」



 酔漢はやってきた警衛局の人間に連行され、子供たちも藍飛(ランフェイ)が直々に祭司局へ連れて行くことになった。

 

 そうして残ったのは静阿(セイア)律嘉(リツカ)だ。

 夕市の喧騒は静かに終わりを迎え、もうすぐ完全な夜が訪れる。

 

 周囲は帰路につく人が増えて、今日の営業は終わりとばかりに店じまいをする静阿の後ろ姿に律嘉が訝しげな声をかけた。

 

 

 「そうだねー、確かに変わった方だったね。俺、女の子であんなに強い子は初めて見たよ」

 「普通の女人に武術の心得なんてあるはずがないだろう。それに髪だって、あり得ないくらい短かった。なのになぜお前は……いや、藍飛様や周囲もだが、なぜ誰も騒がない?」

 「あの酔っぱらいは騒いでたじゃない。彼女の髪の長さに」

 「そうじゃない。あぁもう、なんでお前たちは何も感じないんだ……!」



 話が通じないとばかりに律嘉は苛立ち気味に首を振る。

 違う――違うのだ。

 黎煌国で当然だったはずの常識がどこか曖昧に食い違っているというのに。


 確かに髪の長さで貧富を図るなんて馬鹿げた風習だと律嘉だって思っている。

 長い髪は鬱陶しく暑苦しい。いっそ切ってしまいたいと思ったことは誰だってあるはずだ。

 

 だが、それを許されないだけの暗黙の了解もこの国にはあって、結局、髪を切る者は誰一人としていない。

 にもかかわらず、あの酔漢も含め、ヒナタの髪の短さに物珍しさは感じても、忌避や侮蔑の目を向けることはなかった。

 

 何かが、噛み合ってない。そう――何かが噛み合っていないのだ。

 律嘉と、律嘉以外の何かが。



 「……静阿。あの女人は本当に死の海の向こうから来た人間だと思うか?」

 「はは、今回はやけに引っかかってるねぇ律嘉。……うーん、立ち振る舞いを見た感じ、少なからず黎煌国の人間ではないんじゃない? かといって、藍飛様や宝珠様が騙されてる感じもしないけど」

 「……」



 そう、それだ。確かに彼女から悪意の類いは感じなかった。

 だが、周囲があまりにも彼女に対し違和感を覚えないことが逆に不気味すぎる。



 (僕に直接関わりが出てくるかは分からないけど、あの女への警戒は解くべきじゃない。少なからず僕は、腑に落ちない……)



 流されてしまいそうになる胸の内の警鐘を、律嘉はぎゅっと押し留めた。

 それは、美貌と才覚を杜家の義父に買われる以前――生と死の狭間の貧困街を生き抜いてきた、律嘉自身の本能そのものだったのかもしれない。

 

 

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