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コードネア・クロニクル  作者: 熾音
第一章

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第1話 銀河の外の世界


 《――金ノ記憶》

  波音に混じって、懐かしい声がする。


 繋いだ手から伝わる体温。

 寄せられた肩と、合わせられた歩幅。


 まるで空と海の境界さえ溶け落ちた白金の世界は、二人の歩いた足跡をゆっくりと波でかき消していく。

 


 ふと、ぽつり、と冷たいものが頬に伝い落ちた。


 視線を上げた、その瞬間(とき)――

 世界は大きな渦を巻き、あっという間にその色を失ってしまった。


 

 《――赤ノ記憶》

 視界が揺れ、波音が遠ざかり、耳障りなノイズとどす黒い雨が降り注ぐ。

 腕の中の温もりは雨に奪われ、赤く染まってはアスファルトに流れていった。

 

 息が、できない。

 かすれた声で名前を呼ばれるたび、涙がこぼれ落ちる。


 そんな時、まるで労わるように力ない指先がそっと濡れた頬に触れた。

 漆黒の瞳がわずかに緩み、それを見て声にならない嗚咽が漏れる。

 

 血に濡れ、乾いた唇から伝ったのは……

 

 二度と交わせない、最期の“あいしてる”――



 

 *



 

 「……!」


 

 頬を刺す砂の感触にヒナタはハッと目を覚ます。

 夢の余韻が混じるように聞こえるのは、よせては返す穏やかな波音。

 

 ふいに、思考を切り裂くように短いアラート音が響いた。

 のろのろと薬指にはめた指輪に視線を向ければ、警告表示の赤い点滅を繰り返しながら【銀河ネットワーク圏外・裏律界(ディスコードゾーン)】というメッセージが宙に浮かんでいる。

 

 その瞬間、目を大きく見開いたヒナタは即座に身を起こした。

 

 

 「ルーク! リア! どこ!?」


 

 砂を払い落としながら小さな影を探す。だが、周囲は海に面した砂浜と闇が広がるだけで、呼び声に答える声は聞こえない。

 見上げた夜空は赤黒く、その不吉な色味に一瞬ぞくりと肌が粟立った。



 「探さなきゃ……!」


 

 はやる気持ちを抑え、子供たちの位置情報を確認しようと指輪のGPSを作動させた、その時だ。


 

 「■■■、■■■?」


 

 背後から聞こえた声に反射的に手が止まり、宙から地図がかき消える。


 投げかけられた言葉は、理解できなかった。

 それもそのはず。指輪の警告通りならば、ここは銀河ネットワークの外側(がいそく)の宇宙――銀河法さえ届かない、未開領域なのだ。

 

 

 「《言語同調(~♮♪)》」


 

 考える間もなく背を向けたままヒナタは口ずさむ。

 カチリ、と歯車が噛み合い、それとほぼ同時に再度声をかけられた。


 

 「きみ、大丈夫かい?」

 「――……えぇ、ごめんなさい。大丈夫」


 

 ()()()()()()ヒナタは、そう社交的な笑みを浮かべて振り返った。

 少し離れた目線の先には、東方風の長い衣をまとった青年らの姿がある。

 

 一人は長い蒼黒髪を肩に流し、まるで優雅な貴族のよう。だがもう一人は目深く布を被っており、顔さえも判別できない。

 

 

 「こんな夜更けに女人が一人でいるのは危ないよ。最近は人攫いの件もあるし……なにより珍しい衣だね」


 

 薄絹を張った手行灯(てあんどん)――紗灯(しゃとう)を手に、蒼黒髪の青年は心配と警戒を滲ませる。

 

 レースのキャミソールにシアーシャツを羽織り、ラップスカート付きのショートパンツとサンダル。

 ヒナタが着ているのは、銀河ではごく一般的な夏の装いだ。

 

 だが彼らの装いを見るに、もしかしたらここは、肌の露出を良しとしない文化圏なのかもしれない。

 

 しかし、今のヒナタにそれを説明している時間はなかった。


 

 「子供たちを探しているんです。三歳くらいの男の子と女の子。どこかで見ませんでしたか?」

 「……子供? きみ、見たかい?」


 

 ヒナタの問いに、蒼黒髪の青年が布を被った人物へと目線を向けた。わずかに考えるしぐさを見せた布の人物は、少しの沈黙ののちに口を開く。

 

 

 「この周辺を見回ったが、子供は見ていない」

 「……そう、ですか。ありがとうございます」


 

 落胆と共に礼を告げたヒナタは、さりげなく背を向け、手を隠した。

 彼らから見えないように再度GPSを再起動させれば、浮かび上がった位置情報に、勢いよく身をひるがえす。


 

 「ちょ、ちょっときみ……!」

 「ごめんなさいっ今は子供たちのところに行かなきゃ!」


 

 背中越しに青年の声を聞きながらも、ヒナタは振り返ることなく駆け出した。


 ふいに先ほど見た朧げな夢が脳裏を掠める。

 どんな夢だったかはもう覚えていない。けれど、あの漆黒の瞳は、間違いなく彼だ。



(……心配しないで。子供たちは、守るから)

 

 

 反応は近い。距離にして三百メートル。

 サンダルとは思えぬ速さで月明かりの弱い闇夜をヒナタは迷うことなく走り抜けた。



 (あれか!)


 

 目の前にうごめく複数の影を捉え、一気に踏み込む。

 闇に慣れた視界は、しっかり敵の位置を捉えていた。

 


 「誰だ……っぐぁッ!」

 

 

 男の腕を捻り、体勢を崩した腹部に容赦なく膝蹴りを叩き込む。

 呻き声ごと地面に放り捨て、すぐさま近くにいた男の襟足を掴み、麻袋を持って逃げようとした二人組目がけて思い切り蹴り飛ばした。

 


 「ぐは!」

 「うぐぅ……!」

 


 ぶつかった衝撃で男たちの手から麻袋が離れる。

 

 その一瞬を逃さず、ヒナタは地を蹴り、地面スレスレで二つの麻袋を抱き込んだ。

 そして勢いを落とすことなく、地面に倒れた男たちのみぞおちと股間を蹴りあげる。その背後に、最後の男が拳を振り上げた。


 

 「誰だてめぇ!」

 

 

 拳が届く直前。後ろざまに男の顎を容赦なく蹴り上げたヒナタは、そのまま二段蹴りの要領で薙ぎ払う。

 

 積み上げられていた瓦礫も雪崩(なだれ)れるように壊散し、それから少しの残響ののち、夜に静寂が戻った。

 

 荒い息を肩で整えるヒナタは転がる男たちを一瞥し、少し離れた場所に抱いていた麻袋をゆっくりと下ろす。

 慎重に二つの袋を開ければ、鋭かった眼光にもようやく安堵の色が浮かんだ。

 


 「ルーク……アステ()()


 

 聞き慣れた寝息と温かな体温。

 鼓動を確かめるよう子供たちを抱きしめれば、近づいてくる複数の足音が聞こえてくる。


 

 「これ、は……!?」


 

 紗灯の光が眩しい。

 目線を上げた先では、砂浜で出会ったあの蒼黒髪の青年が困惑するのが分かった。


 安堵と共に緊張も舞い戻る。

 

 分かっている。ここは母星・ガイアでも、銀河ネットワーク内の安全地帯でもなく、頼る者もいない――未開の地。

 そこでヒナタは、たった一人で子供たちを守らねばならない。

 

 

 (……長い夜になりそう)



 眠る子供たちを抱きしめ、ヒナタは静かな決意をその手に込めた。


 

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