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新たな願い

 翌日からパン屋とポケットパークを行ったり来たりするのが俺の日課になった。

 だが、ルキナが来ることはなかった。


 確かに俺の願いは叶えられた。

 公園での焼きそばパンデート一回だけというのはちょっと淋しいが。


(まあ、俺には十分か……)


 そもそも自分のような陰キャに恋などできるわけがない。

 そんな俺が、憧れのアイドルとほんの僅かでも会話ができたのだから。


 そんなある日、ネットニュースに信じられない記事が出ていた。


『アイドルの明月ルキナ、無期限の活動停止を発表』


(まじか……)

 この先、恋はできなくてもルキナをずっと推していこうと思っていた俺は愕然とした。


 そして、いつの間にか俺の足はパン屋に向かっていた。

 そして店内をちらりと覗いてポケットパークへ向かうと、見覚えがあるキャップとスタジャン姿の女子がいるのが見えた。


 彼女は一人ではなかった。

 一緒にいるのはやや派手めな服装の女性で、何やら言い争っているようだ。


 公園に入ったところで俺が見ていると、ルキナが俺に気がついた。

 マスクはしていても彼女が動揺しているのが分かった。


 派手な女性も俺を見て気まずそうな顔をした。

「これで、話は終わりじゃないからね」

 女性はそう言うとルキナを残して立ち去った。


「ごめんね、変なところ見せちゃって」

「い、いえ、そんなことないです」

「ふぅ……」

 ルキナはため息をついてベンチに座ると、横をポンポンと叩いた。

「し、失礼します……」

 俺はルキナの横に座った。


「私のこと、記事とか見た?」

「は、はい……」

「そ……」

 しばしの沈黙。


「さっきの人ね、私のお母さんなの」

 そう言ってルキナは、握り合わせた両手に視線を落とした。


「色々とあってさぁ」

「……はい」

「お金のこととか……パパと別れちゃったりとか」

「……」

「ママ、元はあんなんじゃなかったのに……また前みたいに仲良くしたいなぁ……」

 ルキナの声がくぐもってきて、すすり泣くのが聞こえてきた。


「ごめんね迷惑だよね、こんな話、はは……」

 涙を流しながら無理に作り笑いをしてルキナが言った。

「いえ、そんなことないです!」

 俺は慌てて否定した。


(何か、ルキナちゃんが元気出ることを!)


「焼きそばパン食べますか?俺、買ってきます!」

(焼きそばパンかよ、俺!)


「ありがと、でも今は、いいわ」

 ルキナは笑顔で返してくれた。

「私、帰るね」

「はい」

「またね、また会えるか分からないけど……またね」

「はい、また……」


 俺は、小走りで去っていくルキナの後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

(俺に何かできないかな……)

 考えながら歩いているうちに、いつの間にか俺は神社に来ていた。


(神様に頼んでみよう)

 

 パンパン!


「神様、どうか明月ルキナちゃんを助けてあげてください」

 俺は小さく声に出して祈った。


「デートはどうだった?」

 一礼して顔を上げると後ろから声が聞こえた。

「神様!?」

 ハッとして振り返ると神様が微笑んでいた。


「はい、嬉しかった、です……」

「そう、それはよかったわ」

 微笑む女神に俺は一歩近づいた。

「それで、あの……」

「また願いがあるのね」

「はい……」

 女神の落ち着いた視線に見据えられて、俺は下を向いてしまった。


「どうしてほしいの?」

 そう言いながら女神は近づいてきた。

 俺は頭を上げて女神の視線を真正面から受けた。


「ルキナちゃんはお母さんと色々あったけど、元のように仲良くなりたいと思ってるので……」

「そうすれば万事解決ってことかしら?」 

「万事解決かはわかりませんが、そうすれば……ルキナちゃんの悲しみが、一つ減ると思うんです」

「なるほどね」

 そう言って女神は頷いた。


「では、あなたの願い、叶えてあげましょう」

「ありがとうございます!」

 俺は思いっきり腰を折って頭を下げた。

「ただし、条件があるわ」

「はい」

 それは俺も覚悟していた。


「願いを叶えてあげる代わりに、あなたが明月ルキナと出会った記憶をすべて消します」

「記憶を、全て?」

「ええ」


 つまり、彼女と出会う前の状態に戻るということか。


「そうすると、前の条件はどうなるのですか?」

「そのままよ」

「そのまま?」

「ええ、あなたが今後恋ができる可能性はほぼゼロのまま」

「そのうえ、ルキナちゃんと出会った記憶も失う……」

「そういうこと」


 さすがに、それはきつい。

 たとえ一生恋ができなくても、憧れの明月ルキナとのささやかなデートの思い出があればと思っていたが、それも許されないことになる。


「それでもよければ、叶えてあげるわ」

 そう言う女神の口調はまるで運命を宣告するかのようだ。


 だが、ルキナが辛い思いをしていることを知ったうえで生きていくことなんて、俺には我慢できそうもない。


「お願いします、願いを叶えてください」

 心を決めて俺はそう言った。


「わかったわ。あなたの願い、叶えましょう」

 女神はそう言うと、軽く手を振った。


 視界が白くボヤケて女神の姿が薄れていく。


(これでいい……)

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