第2部 13話 挨拶回りと罪悪感
私は淑女の笑みを崩さないよう、脳内で叫んだ。
マルグリットお姉様カッコいい!素敵!
さっきからずっとそうしている。
私たちはトリュフォー伯爵家と別れた後も挨拶回りを続け、様々な人と挨拶を交わしお話をした。
お姉様は初めての社交だと思えないくらい堂々としていて、会う人全てを感嘆させている。
今も、内側から輝くような美しさを振りまきながら生き生きと話していた。
「ええ。宝玉果の加工品作りは、妹のアナベルの発案です。素晴らしい発想でしょう?自慢の妹です。ふふ。アナベルったら、そんなに照れなくていいのよ。
加工品でしたら、宝玉果ジャムが特にお勧めです。名高きブリュネル領の小麦を使ったパンとも、きっと合うお味ですわ。
年内には販売を開始する予定ですので、ぜひご賞味くださいませ」
宝玉果などの子爵領の特産品をアピールするのはもちろん、相手の領地やお身内を褒めて知識を示す。
もちろん、ドゴール監査隊長の仲介で私とルグラン様の婚約が内定していること、自分の婚約については自分で決める予定だということを説明するのも忘れない。
中には婚約解消したことや、年齢や性別で見下す言動をする人もいる。が、やんわり言い返すか華麗にスルーだ。
「ええ。トリュフォー伯爵令息との婚約は本日付けで解消します。令息とお相手様に対して思うところですか。お二人の幸福を祈るばかりです。確かに、8年の婚約期間は短くありませんが、解消ありきでの契約でしたので。
まあ!そのような事を仰るということは、もしや、我がベルトラン子爵家とトリュフォー伯爵家の契約に異議を示されるおつもりでしょうか?これはトリュフォー伯爵閣下も交え、早急に話し合わねばなりませんね。
……ふふふ。失礼しました。仮にも貴族家当主ともあろうお方が、他家同士の契約事に口出しするなど、非常識なことはなさいませんよね。早とちりをしてお恥ずかしい限りですわ」
淑女の笑みを崩さず切り返しも早い。頼もしすぎる。
そんな調子で、ドゴール監査隊長のご家族や、ルグラン様の友人知人にもご挨拶した。また、生まれ変わったベルトラン子爵家や私たちに興味ある人たちも話しかけてくる。
宝玉果などの特産品の取引先が増え、今まで関係が悪かった近隣の領との関係も改善できそうだ。
その中には、あのアレクシス・デュラン男爵令息の両親であるデュラン男爵閣下夫妻もいた。お姉様が懐かしそうに目を細め、話しかける。
「デュラン男爵殿、デュラン男爵夫人。お久しぶりです」
「ベルトラン子爵閣下、お久しゅうございます。ベルトラン子爵令嬢も、お目にかかれて光栄です」
私とお姉様と久しぶりに会えたことを喜んで下さった。また、どちらも薬師をされているだけあり穏やかに優しく話しかけて下さる。
だけど私は罪悪感でいっぱいで、俯きがちになってしまう。
8年前。
私が癇癪を起こしてお姉様とアレクシス・デュラン男爵令息の縁談を壊し、令息がベルトラン子爵領に入ることを禁じた。
両家の交流が無くなったきっかけだ。
すでに禁は解き、手紙で令息とデュラン男爵閣下に謝罪していた。男爵閣下からは謝罪を受け入れられていたが、やっぱり申し訳ない。
それに、あんな事をしなければお姉様はクズと婚約せずに済んだし……。
落ち込んでいると、ルグラン様がそっと手を握ってくれた。そのあたたかさにハッとして顔を上げる。デュラン男爵夫妻と目が合った。とても穏やかで優しい眼差しだ。
「ベルトラン子爵令嬢。手紙でもお伝えしましたが、もう謝罪は充分です」
「むしろ謝罪する必要があるのは、私たちとアレクシスです」
「皆様が私に謝罪を?何故でしょうか?」
男爵夫妻も令息も完全な被害者では?心当たりがなくて訊ねたが、教えては頂けなかった。
「この場では少し……近いうちに説明します。今は、貴女様が気に病む必要がないことだけ、ご理解下さい」
「……はい」
確かに、夜会の場では誰が聞いているかわからない。あまり内情を話さない方がいい。
ベルトラン子爵家名義で談話室を押さえているけど、そちらはこれから使うかもしれないし。
デュラン男爵夫妻は、明るい笑顔を浮かべて話を変える。
「ベルトラン子爵閣下も、ベルトラン子爵令嬢も、立派な淑女になられた。子爵閣下はこの上なく気品にあふれ、黒真珠のパリュールが良くお似合いだ。
ベルトラン子爵令嬢も、華やかで所作が美しい」
「お二人な立派に成長された姿を見れて、とても嬉しいです。
前々子爵夫妻も、さぞやお喜びでしょう」
いずれまたお会いすることを約束し、私たちは別れた。
どうしても消えない罪悪感と、疑問だけを残して。
デュラン男爵夫妻との会話で気が沈んでいたけど、ルグラン様とお姉様が励ましてくれた。それに、挨拶回りは終わっていない。
気分を切り替えて挨拶回りを続けた。
夜会の開始から2時間くらいで、ようやく終わった。ルグラン様が、心配そうに私とお姉様の様子を伺う。
「二人とも疲れただろう。軽食コーナーで休憩しよう」
「賛成!」
ありがたい配慮だ。肩の力を少しだけ抜いて、会話を楽しみながら歩く。まだまだ夜会は続くし、デュラン男爵夫妻の言ったことは疑問だけど、ともかくちゃんと貴族令嬢として振る舞えたはずだ。
お姉様と目が合う。お互い同じ達成感に浸ってる確信があり、微笑みあった。
私たちの様子を見守るドゴール監査隊長も、表情を和らげている。
「ベルトラン子爵殿もアナベル嬢もよくやった。私がベルトラン子爵殿のパートナーを務める必要はなかったな」
お姉様は淑やかに微笑んだ。
「ご謙遜を。閣下がいて下さるお陰で、周りから侮られずにすみます。ダンスを含めて、最後までよろしくお願いしますね」
「任されよう。しかし、ダンスの申し込みを全て断ってよかったのか?」
明るかったお姉様の顔が少しくもる。
「ええ。予定通り、閣下とご子息とだけ踊ります。まだ不慣れですし、一つお受けすれば際限が無くなりそうですし……」
その通り。お姉様は行く先々でダンスを申し込まれた。先ほどお姉様とトリュフォー伯爵令息の婚約解消が知れ渡ったことと、お姉様が美しすぎるからだろう。
気持ちはわかるけど、数が多すぎる。それに、品良く誘う紳士が大半だったけど、断ったのに強引にダンスしようとした無礼者もいた。
お姉様は表情や態度には出さなかったけど、かなり疲れたし嫌だったのだろう。……それに、きっとお姉様がダンスを踊りたい相手は一人だけ。この場にいないアレクシス・デュラン男爵令息だけだ。
ドゴール監査隊長はそれに気づいているのかいないのか、無理に勧める事はなかった。
「アナベル嬢とルグラン卿は、お互い以外と踊……」
「「踊りたくないです」」
私はエスコートするルグラン様の腕に身を寄せ、ルグラン様はもう片手で私の手を包んだ。
ここは異世界恋愛小説の世界で、今日は初めて社交界に参加した日だ。
婚約者(まだ内定だけど)以外と踊るのは、何かのフラグになりそうなんだよね。だから嫌。
ルグラン様は明らかに違う理由だけど。
「俺は大好きなアナベル嬢以外と踊りたくないです。お断りします。アナベル嬢も、俺以外の男と踊って欲しくない」
「……仲がよろしくて何よりだが、ダンスも社交のうちだ。アナベル嬢は、練習もかねて私と一度は踊るように。ルグラン卿、睨んでも駄目だ。君も誰かと踊りたまえ」
和気藹々と話していると、第三者から声をかけられた。
「これはこれは。勇敢な聖騎士殿。聖女様がいない夜会に参加されるとはお珍しい。いや、職務中だったな。ご苦労なことだ」
朗らかでありながら、どこか人の神経を逆撫でする声だった。声の主である男性も、整った顔だが意地悪そうな表情をしている。
ルグラン様に声をかけたという事は教会関係者?でも、服装は高位貴族っぽいな。
ダークブロンドに青緑色の瞳で、五十代くらいの男性だ。紫色を基調とした礼服は、いかにも高位貴族らしい華やかさと重厚さがある。
ルグラン様が私を庇うように前に出て挨拶した。先ほどまでの柔らかさはない。固く冷ややかな声と雰囲気だ。
「聖騎士エリック・ルグランが、ポワリエ侯爵閣下にご挨拶します」
名前を聞いて納得する。
ピエール・ポワリエ侯爵。聖女ミシエラ様という正当な婚約者がいるというのに、己の娘を第二王子殿下の婚約者にしようとしてる高位貴族だ。
そのために、聖女ミシエラ様とルグラン様が恋仲だという噂を流している。
つまり私の敵だ。
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異世界恋愛小説です。ダーク、ざまあ、因果応報のハッピーエンドです。




