2話 アナベルの事情
小説『聖女はドアマットを許さない』と、この世界……いや、現実だ。現実は、つい先ほどまで全く同じだった。
両親は昔からマルグリットお姉様を虐げ、私を甘やかしていた。姉妹格差の理由は色々あるが、一番大きい理由は見た目の違いだ。
お父様は黒髪に空色の瞳、お母様はピンク髪に黒目で、私たちは両親から受け継いだ色が違った。
私はピンク髪に空色の瞳、お姉様は黒髪黒目だ。
ある理由があり、両親にとっては鮮やかな色が美の象徴で、黒は醜さの象徴だ。
だから私は両親の美を受け継いだ可愛い子で、お姉様は醜さを受け継いだ憎たらしい子だった。
その影響で、私もさっきまで黒髪黒目は地味で醜いと思っていた。
馬鹿馬鹿しい。どこから突っ込めばいいかわからないくらい理不尽だ。
当然、周りは両親をたしなめた。けれど両親は、ますます頑なになるばかり。
そして8年前。私が7歳の時、【魔炎病】に罹ったことをきっかけに悪化した。
【魔炎病】とは、体内の魔力の流れが悪くなる病気だ。身体が動かしにくくなっていき、激痛の発作に苦しむ。
この時点では、原因が分からず特効薬もない難病だ。聖女による【神聖治癒魔法】以外では治せない。
しかも【神聖治癒魔法】には高額の治療費が必要だし、順番が回ってくるまで何年もかかる。
【魔炎病】は、罹れば高確率で命を落とす死の病だった。
両親は私を可哀想だと言い、ドロドロに甘やかした。
そして治療費を用意するためと称し、お姉様にかける費用を大幅にけずった。おまけに、お姉様に『跡取りなのだからこれくらいしろ』と、領地経営と家政の大半を押し付け、私の言うことを全て聞くよう命じたのだ。
こうして私は、お姉様に対して『ずるい』『酷い』『さっさとして』『欲しい』『もらってあげる』ばかり言うようになってしまう。
『嫌よ!勉強したくなあい!お姉様酷い!私は病気なのに虐める!』
『どうしてお姉様は健康なの?私はこんなに苦しいのに!ずるい!』
『宝玉果しか食べないって言ってるでしょ!さっさと用意してよ!』
『お姉様が着けてるブローチが欲しい!私がもらってあげる!ちょうだい!』
私の我儘を全て叶えなくてはいけないマルグリットお姉様。しかも、両親から押し付けられた領地経営と家政は膨大な量だった。
マルグリットお姉様は、8年間もこんな過酷な環境にいた。
どう考えても児童虐待だ。生活環境が過酷すぎる。普通なら耐えられない。
けど、不幸なことにお姉様は優秀過ぎた。そして優し過ぎた。
ボロボロになりながら仕事をこなし、領地を盛り立て、私の我儘を叶え、八つ当たりを受け止め、治療費を貯めるために節約を続けた。
両親は、私を甘やかし、お姉様を虐げ、散財する以外はなにもしていなかった。
お父様に至っては、いつ最後に執務室に入ったかわからないレベルだ。もはや、領主かどうかも怪しい。
というか、私と両親が散財しなければ治療費はもっと早く貯まっていたはず。
そんなことすら分からなかったとか、我ながら愚かすぎて恥ずかしい。
ともかく、今は【魔炎病】に罹って8年経った。
マルグリットお姉様が治療費を用意してくれたおかげで、私は聖女様の治療を受けて完治できたのだ。
……ここまでは小説も現実も同じだけど、小説の私はここから更に酷い、いや、外道としか言えない行動に出る。
『お姉様なんて、もういらなーい!アナベルのお家から出ていって!』
小説の私は、マルグリットお姉様の婚約者と後継者の座を奪って家から追い出すのだ。
もちろん両親もノリノリだ。
『いつかきっと、家族みんな仲良く暮らせるようになれる』
そんな優しい夢を見ていたお姉様は、心身共に傷つき途方に暮れた。あんまりだ。悲劇過ぎる。
だけど安心して欲しい。この小説は、王道ドアマットヒロインでハッピーエンドなのだから。
お姉様は、すぐに聖女ミシエラ様と聖騎士ルグラン様に保護された。そして、お姉様を深く愛している幼馴染と再会して結ばれるのだ。
前世の私は手を叩いて喜んだものだ。
『マルグリットたん良かったね!姉妹格差ドアマットヒロインからの溺愛ハッピーエンド!最高!』
とか言ったりSNSで呟きながら。
まあ、お姉様が幸せになる反面、小説の私たちは盛大に『ざまぁ』されて破滅するのだけど……。
しかも、早い段階で物語から退場する両親と違い、小説の私は何度も『ざまぁ』されては復活し、お姉様や聖女様たちに復讐しようとする。
『ざまぁ』の内容は過激で、何回も死にそうになる。でも死なない。何度でも立ち上がって復讐しようとする。
小説の私、ゾンビかイニシャルGか?
どんな『ざまぁ』だったかというと、まず、お姉様が居なくなったことでベルトラン子爵領の領地経営が破綻し、私と両親は借金を重ねて……。
「マルグリット!お前だな!お前がアナベルに何か吹き込んだのだろう!」
「この悪魔!私のアナベルちゃんを返しなさい!」
しまった!脳内で情報整理している間に、両親がお姉様に詰め寄ってる!しかもお父様はお姉様を殴る気だ!
「子爵!夫人!やめろ!いきなり何をする!」
私が止める前に、聖騎士ルグラン様がお父様の手を払ってくれた。
わー!強い!カッコいい!睨みつける顔も凛々しい!素敵!
小説の私は『エリック様は美形だけど、しょせんは地味な黒髪黒目よね』とか言ってたけど、本当に見る目がない!
お父様は、聖騎士ルグラン様の迫力に一瞬引いたけど、睨み返して怒鳴る。
「なぜ止める!アナベルがおかしくなったのはこいつのせいだ!」
「おやめなさい!」
凛とした声。聖女ミシエラ様だ。お父様は気圧されたのか口を閉じた。聖女様の叱責が続く。
「まだ、アナベルさんに何が起きたかわかっていません!だというのに、何故マルグリットさんを責めるのですか!おまけに一方的に怒鳴って暴力を振るうなど、理不尽にもほどがあります!」
きゃー!聖女ミシエラ様ー!
優しい表情に穏やかな話し方がトレードマークだけど、悪人を厳しく叱責する姿も素敵なんだよね!
というか小説で想像してたより迫力がある!銀髪と金の瞳も相まって神々しい!好き!
「せ、聖女様まで……。し、しかしですね。この地味で不細工な娘は、昔から不出来で役立たず。その癖、頭でっかちで余計なことばかりしているのです」
「そうですわ。しかも妹のアナベルちゃんを妬んで虐めているのです。我が娘ながら恥ずかしい子ですわ」
ふざけるな!お姉様は最高の姉だ!
そう叫びかけてこらえる。アナベル、冷静になりなさい。
私は土下座をやめて正座し、口を開いた。
「いいえ。両親の言うことは全て嘘です。マルグリットお姉様は私を慈しんでくれています。素晴らしい姉です。痛みの発作に苦しんでいる時、一番お世話をしてくれたのもお姉様です」
両親にとって私は、人形かペットのような存在なのだろう。普段は猫可愛がりするのに、私が痛みの発作に苦しむ度、目を背けて逃げていった。
ショックだった。だから、世話をしてくれる人たちに八つ当たりした。侍女たちは世話を嫌がった。
中には嫌がらない侍女もいるけど、彼女たちは生傷が耐えない。
見かねたマルグリットお姉様は、すすんで世話をしてくれた。私がどんなに罵っても叩いても、受け止めてくれた。
『アナベル、頑張って。私のことはいくら叩いてもいいから、鎮痛薬を飲んで。痛みが治ったら、口直しに宝玉果を食べられるわ』
私は、お姉様の愛情に救われていた。
なのに、健康で優秀なお姉様が妬ましくて、苦痛から気を紛らわせたくて、私は沢山の物を欲しがった。お姉様に無理難題を押し付け、全てを奪った。
マルグリットお姉様は16歳。本当なら、貴族令嬢として何不自由のない青春を送っていたはずなのに。
ああ、過去の自分が醜悪過ぎて泣きそう。
でも、泣いている場合じゃない。
「聖女ミシエラ様、聖騎士エリック・ルグラン様。先ほどは、見苦しく騒ぎ立てて申し訳ございませんでした。
私は、これまで目を背けていた現実が見えるようになったのです。
魔炎病にかかっていた間は、頭の中が常に混乱していて、物事を深く考えることができませんでした。己の欲望のまま生き、たくさん罪を犯してしまいました。
私は己の罪を自覚すると同時に、罪の大きさに狼狽えてしまったのです」
前世だとか転生だとかは伏せて説明する。聖女ミシエラ様は静かに私の話を聞き、手をかざして頷く。
「アナベルさんのお身体は完治しています。心をさいなむ呪いや魔法の類もかかっていません。
仰る通り、今までは魔炎病の影響で錯乱状態だったのでしょう。完治したことで、本来のアナベルさんに戻ったのでしょう」
「なるほど。魔炎病は進行すると、思考能力や自制心を奪うからな。アナベル嬢、今まで大変だったな」
「アナベル、そうだったの……」
聖騎士ルグラン様は納得し、傷ましそうに目を細めた。マルグリットお姉様は、まだ心配そうだけど私の言葉を否定しない。
けど、両親は違った。
「は?今のアナベルが本当のアナベルだと?何を言っている?」
「アナベルちゃん!その話し方はなに!?可愛い貴女には似合わないわ!やめなさい!」
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