5話 姉の婚約者からの手紙
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監査官様方との話し合い後。お姉様は執務机から手紙を二通取り出し、私たちと共に退室した。
「アナベル、ルグラン様、場所を変えましょう。執事長にも来てもらうわ」
廊下に待機していた執事長に声をかけ、四人でサンルームに移動する。
椅子に座ってすぐ、お姉様は二通の手紙を並べた。
一通は封が切られ、もう一通は切られていない。どちらも封蝋の模様は同じだ。
「どちらも、トリュフォー伯爵令息からの手紙よ。封を切っているのは私宛、切っていないのはアナベル宛。この二通の内容を、ここに居る四人で確認したいの」
「確認するのはいいけど、トリュフォー伯爵令息が私に手紙を送ってきたの?」
あのクズが何故?確かに、会うたびに媚は売られていたけれど、手紙を送られたことはない。
お姉様は、ベルトラン子爵家に届く手紙を管理している執事長に確認する。
「アナベルお嬢様の仰る通りです。トリュフォー伯爵令息様が、アナベルお嬢様にお手紙を送ったことは、今までございませんでした」
当然だ。トリュフォー伯爵令息にとって、現時点での私は『あくまで婚約者の妹』かつ『利用できる相手の一人』でしかないのだから。
正気に戻る前は『会う度に褒めてくれるなんて、婚約者であるお姉様ではなく私に夢中なのね!当然よね!私は可愛いもの!』などと思っていた自分が、間抜けを通り越して怖い。
それはともかく、この手紙はおかしい。なにかある。
嫌な予感がしつつ、私宛だという手紙の封を切って読んだ。
「はあ?なんだコイツ。頭沸いてるの?」
うっかり口が汚くなった。要約すると、こんな内容だ。
【可愛いアナベル。
君のご両親が倒れたと聞いた。
さぞ心細いだろう。可哀想に。
だけど安心して。君のことは、僕がしっかり支えてあげる。君は、ベルトラン子爵家の未来のため心を強く保つんだよ。
悩んでいることがあったら、何でも相談して欲しい。
ジョルジュより。
追伸:この手紙は僕と君だけの秘密だから、誰にも見せてはいけないよ。
読んだらすぐに燃やして捨てるんだ。いいね?】
などと書いている。は?何だこれ。出来損ないのラブレター?婚約者の妹に対して?
私が読み終わった手紙をお姉様に渡す。ルグラン様、執事長も読む。
「気持ち悪いわね」
「なんだこれは……!」
お姉様と執事長は表情を強張らせ、ルグラン様は怒りのまま手紙をやぶりかけた。
「アナベル、ルグラン様、私への手紙も読んで下さい」
お姉様から差し出された手紙。その内容は、宛名以外はほぼ同じだった。舌打ちしかける。
「わかりたくないけど、このクズの考えがわかった」
両親が捕まったことは、まだ伏せられている。
表向きは、『当主夫妻は病気で不在だが、優秀な部下たちが領地経営を代行している』と、いうことになっている。
ただ、まともな貴族なら『領主夫妻の不在を隠さないという事は、近いうちに代替わりがある』と、考えるそうだ。
「クズめ。代替わりを見越して、私たちのどちらが跡を継いでもいいようにアプローチしてるってわけね」
「アナベル嬢たちに失礼すぎる!なんだこの無礼者は!」
婚約者であるお姉様にだけ送っているなら、まだ救いがあったというのに。
「……わかっていたけれど、トリュフォー伯爵令息様は、ベルトラン子爵位と子爵領以外に興味がないのね」
「マルグリットお姉様……」
お姉様の黒真珠のような瞳には、なんの感情も無かった。ただ、淡々と事実を見すえている。
婚約者を敬称で呼ぶ声も、冷静でなんの感情も宿っていない。
それが悲しくて手を握った。ほんのりと表情がやわらぐ。
「ありがとうアナベル。でもね、そんなに辛くないの。
蔑ろにされていることはわかっていたわ。会うたびに『君は地味でつまらない。美しさが足りない』と言われていたし。
まあ、それは事実だから仕方な……」
「お姉様、訂正して下さい。お姉様には豊かな見識と知恵、そして、落ち着いた美しさがあります。
お姉様の美しさと魅力を例えるなら、夜空で厳かに輝く星月です。ギラギラと派手に輝く太陽にはない魅力です」
パッと頬に赤みがさした。かわいい。
「え?あ、アナベルには、私がそう見えるの?」
「はい。マルグリットお姉様、どうか自信を持って下さい」
「そうだ。貴女はもっと自信を持った方がいい」
「アナベルお嬢様とルグラン様の仰る通りです!」
「大体、華やかにしてほしいなら装飾品の一つでも贈って来いって話ですよ。花しか贈ったことが無いくせに」
「仰る通りです。トリュフォー伯爵令息様からマルグリットお嬢様に贈られるのは、お手紙とお花だけでございました」
執事長も同意したように、クズがお姉様に贈るのは花束だけだった。豪華ではあったけれど、それしか贈ってこない。
両親と正気を取り戻す前の私は、それを散々馬鹿にしたものだが……。
ルグラン様に視線を向ける。意図に気づいたのだろう。片眉を上げて話し出した。
「それはおかしい。トリュフォー伯爵家は裕福だ。令息は、婚約者と交流するための予算を組まれているはずだ」
私は、今気づいたかのように声を上げた。
「え?マルグリットお姉様、そうなの?」
「……確かに。私は、折に触れてそれなりの品を贈っていたし、その御礼の手紙も受け取ってるわ。なのに、令息様からは花以外なにもない。
予算をほとんどつかっていないなら、家から注意されるはずなのに不自然ね」
その通り。貴族は見栄と面子を何よりも重んじるし、他者がそれを疎かにしているなら嘲笑する生き物だ。
この場合はトリュフォー伯爵家そのものが、『三男とはいえ、令息の婚約者に気の利いた贈り物が出来ないほど困窮している』と、嘲笑されかねない。
お姉様の顔が、トリュフォー伯爵令息への疑惑と不信に染まっていく。
よし。良いぞ。
お姉様の反応に、確かな手ごたえを感じる。
小説のお姉様は「トリュフォー伯爵令息と結婚して、家族みんなで幸せに暮らすことが夢だった」から、家を追いだされるまで令息を信じていた。いや、信じ込んでいた。
立場が逆転して令息にすがられた時も、同情して絆されそうになった。
だから心配だったけど、現実では令息への不信感でいっぱいの様子。
これならイケる。
私は更に踏み込むことにした。
「お姉様は、トリュフォー伯爵令息との婚約をどうされたいですか?」
「解消したいわ」
お姉様は即答した。よっしゃ!内心でガッツポーズした。
「出来れば今すぐ解消したいわ。我が国では、一度結んだ婚約を解消するのは難しいとわかってはいるけど……。
実は、一月ほど前から考えていたの」
「え?そんなに前からですか?」
「ええ。貴女が健康になって、状況が変わったからよ。
それまでの私は「どうすれば家族と婚約者に愛されるか」それだけを考えて生きていたわ。領地経営も家政も、結局はそのためにしていたのよ。
お父様たちの言うことを聞いて一生懸命頑張れば、いつか報われる。いいえ、報われるにはそれしかないと、思い込んで自分に暗示をかけていたの。
だけど貴女が元に戻って、お父様たちが捕まって、様々なことがわかって……目の前が一気に明るくなったわ。
私はもう、愛されることを期待するだけの子供ではいたくない」
お姉様の瞳に強い光が走る。
ああ、お姉様はもう、小説の『家族と婚約者に虐げられた、愛に飢えたドアマットヒロイン』じゃない。
「アナベル。さっきは、 卑屈なことを言ってごめんなさい。もう二度と、あんな事は言わない。
私は、貴族として誇り高くありたい。このベルトラン子爵家と子爵領を盛り立てたい。私を慕ってくれる領民たちを守りたい。
正当なる跡取りである私を蔑ろにし、私の妹にちょっかいをかけるような軽薄な人を、伴侶にはしたくない」
ああ、やっぱりお姉様は夜空に輝く星月だ。なんて気高く強い人なの。
感動しつつ、ルグラン様と目配せし合う。
「お姉様、私もそうすべきだと思う。令息と婚約解消する方法を探ろう」
「マルグリット嬢、令息についての情報収集は任せてくれ。これでも聖騎士だからな。色々と伝手がある」
「まあ!ルグラン様、よろしいのですか?」
「もちろんだ。ぜひ俺を頼ってくれ。まずは令息の交友関係と、婚約者用の予算をどうしているか調べよう」
あらかじめルグラン様と打ち合わせた通りだ。
私が持つ小説の記憶と、ルグラン様が得た情報を合わせ、あのクズと婚約解消する道筋を作る。
令息の交友関係と予算の使い道が小説通りなら、証拠さえ掴めば婚約解消できるだろう。
だってクズだもん。あいつ。
私は小説『聖女はドアマットを許さない』のワンシーンを思い出した。
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