4話 姉の婚約事情とダンス
お姉様は私の言葉に頷き、ドゴール監査隊長たちの質問に答えていった。
「トリュフォー伯爵令息は、ベルトラン子爵家の内情に気づいていたと思います。今までの態度や会話からの推察です。とはいえ、私と令息はほとんど交流していませんが」
お姉様と令息が会うのは、二カ月に一度程度。令息が我が家に訪問したときだけだった。しかも、令息と話すのはほとんど両親か私だった。
令息との手紙のやり取りも、一カ月に一度程度で、トリュフォー伯爵夫妻とは手紙のやり取りすら稀だそうだ。
あまりに希薄な関係に、ドゴール監査隊長様は眉を顰める。
「何故、マルグリット嬢とトリュフォー伯爵令息は婚約したのだ?お互い想い合っているわけでも、政略的な旨味もないようだが?」
「それは……」
一瞬、お姉様は私を見た。気まずそうに目をそらされる。
「お姉様、私が説明します」
「でも」
言い淀むお姉様を制し、私がお姉様と令息が婚約した経緯を説明した。
「8年前。ある事情があって、お二人は婚約しました」
婚約の経緯は、小説とほぼ同じだ。語りながら胸が痛む。
8年前。
お姉様には相思相愛の婚約者候補がいた。
腹黒担当イケメンこと、アレクシス・デュラン男爵令息だ。
婚約者に内定していたのに、私が癇癪を起こして破棄させてしまった。おまけに、令息が屋敷に来ることもお姉様に会うことも禁じた。
その後。両親は、お姉様の婚約者にトリュフォー伯爵令息を選んだ。
婚約者候補たちの中で持参金が一番多く、顔合わせで両親と私に媚を売り、お姉様を蔑ろにしたからだ。
私も両親もトリュフォー伯爵令息もクソだ。
「お姉様、改めて申し訳ございませんでした。私があのような事をしなければ……」
「やめてアナベル!謝らないで!」
「ですが」
「二人とも、その話は後にしろ。トリュフォー伯爵家も、後ろ盾にならないことは理解した」
「後ろ盾ですか?」
「ああ、君たちベルトラン子爵家の社交界での後ろ盾だ。もし、トリュフォー伯爵家との関係が良好なら、彼らを後ろ盾に社交界デビューするのが筋だろう。彼らが無理なら寄親か親類が筋だが、それも期待できない」
つまり、私たちは孤立無援の状態で社交しないといけないの?小説の知識と、最近学んだ知識しかないけど、無理だってわかる!
私が青ざめていると、ルグラン様が身を乗り出した。
「では、私がベルトラン子爵家の後ろ盾になりま……」
「社交下手の騎士爵は黙っていたまえ」
「はい……」
ルグラン様、秒で撃沈。
ジャコブ監査官様が「まあまあ」と、苦笑で取りなす。
「安心して。僕らは国王陛下より「ベルトラン子爵家の立て直しと、令嬢姉妹の教育と支援」を命じられている。
宝玉果と手堅い領地経営で注目されていたベルトラン子爵家は、実際はマルグリット嬢が運営していた。元子爵夫妻は罪人、残された姉妹は成人前とくれば、二人は色々な意味で狙われる。
だから後ろ盾になる貴族がいない場合は、こちらのシャール・ドゴール伯爵閣下が、君たちの後ろ盾になる事は決まってるんだ。もちろん、僕とモローさんも補佐するよ」
「え?本当ですか?それは助かります!」
モロー監査官様も頷き、にっこり微笑んだ。
「ええ。貴女たち姉妹の社交デビューから、人脈構築までしっかり補佐します。
春と夏は社交シーズンです。
裁判後、新しいベルトラン子爵家の披露目を兼ねて、お二人には王都で社交デビューしてもらいます」
「「えっ」」
予想外すぎて、私はお姉様と顔を合わせた。
「一ヶ月後の裁判判決後。お二人は国王陛下に謁見し、マルグリット嬢がベルトラン子爵を継承したとお認めいただきます。
数日後の王家主催の夜会にて、一連の事件についてと、マルグリット嬢がベルトラン子爵を継承したこと、アナベル嬢と共に社交デビューしたことを広く知らしめます」
「ついでに、ルグラン卿がアナベル嬢の婚約者候補になったことも発表するよ。表向きは、ドゴール監査隊長の推薦という形だ。
教会、というか聖女ミシエラ様からも、二人を早く婚約させるよう言われているからね」
その言葉に、ルグラン様は立ち上がって騎士の礼をとった。
「やった!ドゴール監査隊長!ありがとうございます!」
弾けるような笑顔に、私も笑ってしまう。最初の頼もしくてクールな印象はどこにもないけど、素敵だと思った。
「ルグラン卿、礼には及ばない。話の途中だ。座りたまえ」
ルグラン様は聞こえていないのか、私に向き合って礼を取る。
「アナベル嬢、夜会ではぜひ君をエスコートする権利を……」
「す わ り た ま え」
「……はい。失礼しました」
叱られた大型ワンコの風情で、ルグラン様は座り直した。うーん。くやしいけど可愛いな。
「話の続きだが、夜会では私たちが君たちの後ろ盾になることも発表する。今日、この瞬間から私は君たちの後ろ盾だ。社交については、これまで以上に頼っていい。
ただ、例の件だけはマルグリット嬢がどうするか決めなさい」
「例の件ですか?」
「君の、頼りにならない婚約者をどうするかだ。このまま婚約を継続し、関係を構築し直すか、解消するか。解消するなら、トリュフォー伯爵家と、どう交渉するか。
新たなるベルトラン子爵よ。自ら決断し、行動せよ」
大変な決断を迫られたお姉様は、険しい表情を浮かべた。
「その件については、アナベルと良く相談して決めたいと思います。アナベルにも、例の手紙を読んでもらいたいですし」
私に相談してくれるのは嬉しいけど、例の手紙ってなんだろう?
◆◆◆◆◆◆◆
半月後。ベルトラン子爵家の夜会用広間にて。
私とルグラン様は、ダンスの猛特訓を受けていた。
「アナベル嬢!ステップは軽やかに!淑女の笑みを絶やしてはなりません!ルグラン卿!動きをもっと優雅に!アナベル嬢を振り回さないよう、細心の注意を払うのです!」
「「はい!」」
モロー様の厳しい声。私たちは汗を流しながら応じる。
王家主催の夜会で、私とお姉様が社交デビューするまで、あと半月。
私はなんとしても、立派な淑女であると示さなければならない。また、ルグラン様との仲が順調だと見せつけなければならない。
クズ担当イケメンこと、お姉様の婚約者ジョルジュ・トリュフォー伯爵令息。彼の野心と企みを砕くために。
それには、小説の知識だけでは足りない。
半月前のあの話し合いの後、お姉様と話し合って思い知ったのだ。
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異世界恋愛小説です。ダーク、ざまあ、因果応報のハッピーエンドです。