2話 聖女様と宝玉果ゼリー
よかった。ルグラン様は、問題なくベルトラン子爵家に滞在できそう。
「ミシエラ、ありがとう。助かるぜ」
「このくらいお安いご用ですよ。『聖女ミシエラが、ベルトラン子爵領と子爵令嬢たちの今後を憂いている。二人の護衛を兼ねて、専属聖騎士の一人を残した』ということにしましょう」
「ん?それでは任務扱いになる。休暇扱いでいいぜ?有休消化しないとドヤされそうだし」
確かに、私に一般教養を教えるだけなら休暇でいいか。ルグラン様、しっかりした社会人だな。こういう所も良いなあ。
というか、教会って有休休暇とかあるの?
私がうっとりしたり戸惑ったりしていると、聖女ミシエラ様は真面目な顔になった。
「いいえ。任務扱いにしましょう。そうすれば、どこにでも同行できますし、帯剣を許されますから。
お話している間に、アナベルさんたちの守りを固めた方がいい気がしたのです。私に予言の力は無いので、ただの勘ですが……」
ルグラン様の眼差しが真剣になる。確か、小説でも聖女ミシエラ様の勘は鋭かったはず。
「お前の勘は当たるからな。わかった。アナベル嬢とお義姉様は俺が護る」
「ルグラン様……」
キリッとした顔、頼もしい決意。不穏な予感を聞いたのに、とってもキュンとした。
私たちはそっと寄りそおうとして……。
「ルグラン様。私を義姉と呼ぶのは早すぎですし、アナベルに近づきすぎです。アナベルはまだ貴方の婚約者ではありません。弁えてください」
「「は、はい」」
お姉様の静かな怒りがこもった声と表情に、パッと身を離したのだった。
普段、怒らない人の怒った顔って怖い。でも、迫力のあるお姉様も素敵。
その後は、せっかくなのでお茶会することにした。
しかも聖女ミシエラ様のリクエストで、私がお茶を淹れることになった。ルグラン様が私のお茶を褒めまくったから飲んでみたいそうだ。
私はルグラン様を厨房まで引きずった。料理長たちにことわって使わせてもらう。
「なんで余計なことを言うかなあ!聖女様にお茶を淹れるとかプレッシャーすぎる!」
「ミシエラ相手にかしこまる必要ないぞ。それに、君のお茶は絶品だ」
「ううう!この男、本気で言ってる!そりゃあ、私は前世からお茶が好きだし、淹れ方も勉強してるけど、聖女様にお出しするレベルじゃ……」
ルグラン様の顔がしゅんとなる。
「……今日は、君のお茶を飲ませてくれないのか?」
雨に濡れた子犬みたい!かわいい!あざとい!
「もー!わかった!淹れるから、ミシエラ様の好みを教えて!」
「安心しろ。あいつは好き嫌いもアレルギーも無い。君が良いと思った茶菓子を、自信を持って出せばいい」
「えーん!雑!」
料理長に確認したけど、出されたものは何でも食べるそうだ。
仕方ない。自分で決めよう。
「今日は暖かいから、爽やかな風味のお茶がいいかな?お茶請けは、料理長が試作してくれたこれで……」
緊張しつつ、お茶とお茶請けの用意をした。もちろん、ルグラン様と侍女たちにも手伝ってもらう。
お茶会の会場は、せっかくなのでサンルームを使う。
窓から春の柔らかな光が入り、庭の新緑が目を楽しませてくれる。花はあまり植えていないが、これはこれで素敵だ。
「せっかくだし、テーブルクロスは新緑色にしよう。茶器は純白で、お菓子は硝子皿で……」
トータル30分くらいで準備できた。ルグラン様に、聖女ミシエラ様とお姉様を呼んできてもらう。
「まあ!良い香りですね。これは紅茶と柑橘の皮かしら?口の中がさっぱりしますね」
「はい。レモンピールを刻んでブレンドしています。茶請けのゼリーと一緒にお召し上がりください」
ゼリーを見て、聖女ミシエラ様は目を細めた。あわいピンク色のゼリーの中に、一口大に切った濃いピンク色の果実が詰まっている。
「宝石みたいに美しいゼリーですね。中に入っているのは、もしや宝玉果ですか?」
パッとお姉様の顔が輝く。
「はい。宝玉果をふんだんに入れています。このお菓子は、アナベルが作ってくれたんですよ」
「お、お姉様、私は思いついただけで、実現してくれたのは料理長だよ」
「アナベルが思いつかなければ生まれなかったのだから、アナベルが作ったの。私の妹は凄いのよ」
うーん。お姉様、私への愛が強化されてない?嬉しいしドヤ顔が可愛くて愛しいけど。
「とっても美味しい!宝玉果はそのままでも美味しいけれど、ゼリーにするとさらに美味しく感じるわね」
「おいミシエラ。敬語が抜けてるぞ。このゼリーは俺も好きだ。この紅茶にも合うな」
「ふふふ。お口にあって何よりです」
よかった。聖女ミシエラ様もルグラン様も、お茶とお茶請けに出した宝玉果のゼリーを気に入って下さったみたい。
お姉様も大喜びだ。
「聖女ミシエラ様。よろしければ、お土産に宝玉果とゼリーのレシピを用意させて下さい。ここにいない聖騎士様と神官様がたにも、ぜひ召し上がって頂きたいです」
「お気持ちは嬉しいですが、高価なものですので……」
遠慮される聖女ミシエラ様に、ルグラン様は提案した。
「いいじゃないか。お前たちが食べて、他所で『ベルトラン子爵領の宝玉果は美味かった』って言えば宣伝になる。それでも気が引けるなら、二人にラヴァンドが作ったアレを贈ればいい」
「ああ、アレですか。たしかに丁度いいですね」
「アレとはなんですか?」
「私の専属神官であるラヴァンドが作ったハンドクリームです。とってもお肌にいいんですよ」
お姉様が驚いて目を見開く。
「神官様がハンドクリームを作るんですか?」
「そういえば、神官様の中には医術や薬学に精通した方もいらっしゃるのですよね?」
「アナベルさん、良くご存知ですね。神官は全員、治癒魔法使いだと思っている方が多いのですが」
「え、ええ。ルグラン様に教えて頂きました」
小説からの知識だけどそれは秘密だ。
「アナベルさんが仰る通り、ラヴァンドは医術と薬学に精通しています。新薬の開発もできる凄い人なんですよ」
「治癒魔法は、魔力消耗量が多いからな。いざという時にそなえて魔力を温存するために、あいつの薬には頼らせてもらってる」
ピンと来た。
「聖女ミシエラ様。もう一つ、お願いしたいことがあります」
「はい。なんでしょうか?」
聖女ミシエラ様は、私からの申し出を快く引き受けてくれた。
時間がかかるだろうけど、上手くいくといいなあ。
◆◆◆◆◆◆
お茶会から数日後。
聖女ミシエラ様と神官様たちは、迎えに来た聖騎士様たちと共に旅立った。
私、お姉様、ルグラン様はもちろん、監査官様方と使用人たちも総出で見送った。
清々しい早朝。朝日を受けて、聖女ミシエラ様の銀髪がキラキラと輝く。
「マルグリットさん、アナベルさん。お元気で。エリックをこき使ってやって下さい」
「エリックー!お幸せにな!結婚しても聖騎士は引退するなよー!」
「気が早いって!まだ婚約だろ?」
「婚約者候補じゃなかったっけ?」
「え?なのに家に居座るの?ちょっと怖くない?」
「やかましい!さっさと行け!」
彼らは新たな土地に向かい、魔獣を退治し人を癒す。
過酷な任務に向かうというのに、聖女ミシエラ様も、聖騎士様がたも、神官様がたも、とても晴れやかな笑顔だ。
頼もしくてカッコいいなあ。
「あいつら好き勝手言いやがって」
「楽しそうでいいじゃん。それに、大切な仲間なんでしょ?」
「……まあな」
こうして、ルグラン様の滞在は伸びた。護衛兼教師として、私の勉強を見てくれている。
なんだかんだで婚約者候補として交流するのは認められたし、怪我の功名かもしれない。
ただし、二人きりにはなれない。交流する時は、常に侍女か侍従の監視が必要だ。
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異世界恋愛小説です。ダーク、ざまあ、因果応報のハッピーエンドです。