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没王のくせに、気ままに旅をします。  作者: 遥
第1章-空が広がる地上へ
7/13

007

「良い宿が見つかった。

 今から案内しようと思うが、何か問題があったりするか?」


 扉を開けて現れたのは、アリステリアだった。

 その申し出を断る理由はない。俺たちは素直に従うことにした。


 今回のスタンピード対応に対する報酬は、“冒険者ギルドへの紹介”だったはずだが、アリステリアはその件に触れてこなかった。

 おそらく、手続きや準備に多少の時間がかかるのだろう。

 こちらから急かして、焦っていると取られるのも面倒だ。だから俺は、あえて何も言わずにおくことにした。


 屋敷を出た俺たちは、アリステリアの先導で街の奥へと向かった。

 道中、通りを行き交う武装兵や使用人の姿がちらほらと見える。スタンピードの余波が、まだ街に緊張を残している証だ。

 だが、俺たちが歩く道は静かで、空気に刺々しさはなかった。


「この先にある家だ。もともとは客将や外交使節のために用意されていたが、今は空いている」


 案内されたのは、街外れの閑静な一角だった。

 周囲の喧騒から距離を取り、高い木々が目隠しのように立ち並ぶ敷地の奥に、一軒の屋敷が静かに佇んでいた。


 “屋敷”というにはやや控えめな規模だが、建材の質や整えられた外壁、玄関まで続く石畳のアプローチなど、随所に上品さが漂っていた。


 これは明らかに、客人をもてなすための造りだ。


「これは……宿というより、別荘みたいなものか?」


 そう尋ねると、アリステリアはわずかに頷く。


「お前たちのような規格外の存在を、宿屋に泊めれば余計な騒ぎを生む。

 加えて……礼を尽くしたかった」


 その一言に、ミリアリアが「随分と殊勝ね」と小声で呟き、レイは控えめに微笑んだ。


「中はすぐに使えるよう整えてある。鍵はこの通り、自由に使ってくれて構わない」


 アリステリアは懐から金属製の鍵を取り出し、俺へと差し出す。

 それを受け取ると、彼女は一歩退いて言った。


「これは、ヴォルンハイム家からの、ささやかな感謝のしるしだ」


 その声音には、表情こそ変わらないが、仄かに熱が宿っていた。


 そう告げたあと、アリステリアはほんのわずかに視線を伏せると、静かに身を翻した。


「……では、私はこれで失礼する。用があれば、屋敷の門番に伝えてくれ」


 その言葉に、俺は軽く頷いた。


「ありがたく、使わせてもらうよ」


 "うむ"と短く返した彼女は、振り返ることなく一歩踏み出し──


「ああ、冒険者ギルドへの紹介状は、もう少しだけ待ってくれ」


 忘れていたと言わんばかりに、肩越しに一言だけ残した。


「わかった。待ってるよ」


 俺の返事を背に受けながら、アリステリアの足音は遠ざかっていった。

 その背を誰も言葉にせず、ただ見送る。

 だが、姿が見えなくなったあと、不思議と周囲の空気がふっとやわらいだように思えた。


 鍵穴に視線を落とし、受け取った鍵をそっと差し込む。

 わずかな手応えののち、扉は静かに開かれた。


 中から流れ出たのは、ほんのりと冷えた、埃ひとつ感じさせない澄んだ気配だった。わずかなひんやりとした感触が、肌をかすめていく。


 俺たちは、順に玄関をまたいで屋内へと足を踏み入れた。


「……おぉ。なんか、立派だな」


 最初に声を上げたのはレオンだった。肩を回しながら、玄関ホールを見渡している。


 内装は、質素ながらも調和のとれた意匠だった。高めの天井、深い色合いの木壁、手入れの行き届いた床板。空間全体に、落ち着いた静けさが漂っている。


「とても丁寧に整えられてます。質感がいい……」


 フェリスが壁沿いの小さな飾り棚に目を留め、そっと指先をすべらせる。微かな笑みを浮かべながら、使い込まれた家具の輪郭をなぞっていた。


「お風呂、あるかな……って、あっちが浴室っぽい?」


 ミリアリアは早くも並べられていたスリッパに履き替え、軽やかに廊下を進んでいく。俺の手を取ろうとしたが、レイに小突かれて止められていた。


「旦那様、こちらはキッチンのようです。……基本的な食器と調味料は、ひと通りそろっているようですね」


 レイは扉をそっと開け、中をひと通り見渡すと、静かな手付きで棚の中を確認していく。

 その合間に、気遣うようにこちらへと振り返り、控えめに微笑んだ。


「ここ、ずっと住めるわね。……普通の宿より、ずっと落ち着くかも」


 ミリアリアは、誰よりも早くソファに腰を下ろし、背もたれに軽く寄りかかった。

 脚を組んで、肘掛けに手を添える仕草は妙に様になっている。くつろぎ過ぎではあるが、まあ、彼女らしいと言えばそうだ。


「……悪くないな。いや、かなりいい」


 俺はリビングの中央に立ち、室内を見渡した。

 窓際には布張りのソファとローテーブル。少し離れた場所には、四人掛けの木製テーブルと椅子が置かれており、会話や軽い食事にも使えそうだ。

 奥には暖炉が据えられ、廊下の先には複数の扉が等間隔に並んでいる。


 家具の配置はゆったりとしていて、空間には落ち着いた余裕がある。

 どこを見ても、“もてなし”を意識して整えられているのがわかった。


 ひと通り室内を見て回り、この建物のおおよその構造も把握できた。 思った以上に居心地のいい場所だ。


「さて、部屋割りでもしてみるか」


 俺の一言に、全員の動きが止まり、自然と視線がこちらに集まる。


「私はシンと同じ部屋がいいわ。レイもそうでしょう?」


 ミリアリアが真っ先に、遠慮のない調子で希望を口にした。


「え、っと……」


 レイはわかりやすくたじろぎ、視線を小さく揺らす。


「私は、レイとも一緒の部屋がいいわ」


 だから、ミリアリアは言い直した。

 それは、レイの戸惑いに気づいた上での、さり気ない優しさでもあった。


 ──こういうところを、自然にできる彼女を、好きにならないほうがおかしい。


「俺も、それがいい。レイはどうだ?」


 ミリアリアに重ねるように、俺も気持ちを添えて問いかける。


「……わかりました。ぜひ、お願いします」


 レイは小さく頷き、わずかに頬を染めた。


「……なあ、俺たちも同じ部屋にしないか?」


 そんな様子を見ていたレオンが、隣のフェリスに控えめな調子で提案する。


「そうですね。私も、少しあてられちゃいました」


 フェリスはあらあらとでも言いたげに、頬に手を当てて柔らかく微笑んだ。


「じゃあ、私たちは、三人居るから大きめの部屋……」


 言いかけたミリアリアの言葉が、ふと途中で止まる。その視線はレオンへと向けられていた。


 レオンは、俺が小柄なのもあるが、体格だけ見れば三倍はありそうだ。肩幅も背丈も十分にあり、その佇まいはまさに“騎士”のそれだ。


 フェリスもまた、ミリアリアやレイより頭ひとつ分ほど背が高い。ふわふわした雰囲気を纏ってはいるが、実際には俺たちの中でレオンの次に背が高いのが彼女だった。


「部屋の大きさを見てから、一番いい割り振りをしよう」


 俺がそう提案すると、皆が頷いた。


 その後、目星をつけた扉をひとつずつ開けては、部屋の広さや形を確かめていった。

 勢い任せではなく、それぞれの体格や人数、過ごし方を考慮して、最も納得のいく形を探していった。


 最終的に、細長い構造の部屋をレオンとフェリスが使い、適度な広さの部屋を、俺とミリアリア、レイの三人で使うことに決まった。


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