004
重々しい音とともに扉が閉じ、俺たちは応接室へと足を踏み入れた。
部屋は縦長の長方形で、天井が高いせいか、想像以上に広く感じる。
壁は灰色の石で覆われ、片側には長窓が三つ並んでいたが、そのすべてが分厚いカーテンで閉ざされていた。
装飾は極端に少なく、反対の壁に飾られた金属製の紋章プレートだけが、この部屋の主の権威を物語っている。
床には暗い色の絨毯が敷かれていた。出入口から中央の卓へ、まっすぐ一本の道を形づくっている。
中央には、黒檀で組まれた長方形のテーブル。六人が向かい合って座れる程度の大きさだ。
奥の短辺側、席の主となる場所へ、アリステリアが無言で歩いていく。
俺たちはその後に続き、それぞれ椅子を引いた。
レイが俺の左に、ミリアリアが右に、フェリスとレオンは席に着かず、部屋の壁際に立って控えた。
椅子の脚が石床を擦る音が、妙に響いた。
静寂に包まれたその空間は、言葉のひとつひとつが試されるような、そんな緊張感を湛えていた。
「これから、いくつか詮索することになる。
だが、答えたくないことには、今は答えなくても構わない」
俺の向かい側に座ったアリステリアは、そう言って視線をこちらに向けた。
声音は淡々としていたが、その眼差しには相手の出方を静かに量るような、微かな圧があった。
「何が聞きたい?」
そんな圧に押されるわけもなく、俺も特に感情を込めずに言葉を返す。
「ダンジョンから出てきたというのは、本当なのか?」
「本当だ」
「いつから、そこにいたんだ?」
「……いつから、か。いつからなんだ?」
俺は隣に座るレイに目を向けた。
封印されていた間の記憶はない。何年経ったのか、いつ封印されたのかも、正直なところ分からない。
その間もずっと俺のそばにいたレイなら、多少は事情を知っているはずだ。
「幾兆年……人がこの世界に栄える、もっと前からですね」
さらりとした口調だったが、さすがに常識から外れすぎている。
詳しく覚えていないのか、それとも言葉を選んでいるのか──どちらとも思えた。
「……出会ったときも、そんなことを言っていたな」
アリステリアは額に手を当て、わずかに眉を寄せる。
「正直、そのときは与太話だと思っていたが……」
あのときの彼女が、あえて落ち着いた態度を取っていたことに気が付いた。
いまなら、その戸惑いもよく分かる。
「まあ、レイが言うなら、そうなんだろうな」
俺は軽く肩をすくめた。
「俺自身、この世界に来た記憶もないし、封印された瞬間のこともまるで覚えていない。
だから──つい、自分のことなのに他人事みたいに話してしまうんだよ」
「……つまり、異世界人なのか?」
少し言葉を探すように、アリステリアが問い返す。
「そうなるのか? ……そうなるかもしれないな」
答えようとして、俺はふと黙った。しっかりした解なんて、持っていなかった。
アリステリアは少しだけ息をつき、ためらいがちに言葉を続ける。
「私は……敬った方がいいのか?」
「いや、気にするなよ。年なんて、取るだけ無駄なもんさ」
やんわりと、彼女の言葉を否定する。
「以前に、王だったとも言っていただろう?」
「そうですね」
俺が返すより早く、レイが口を開いた。
「旦那様は、その手の話に無関心ですが、私たちとしては、やはり敬意をもって接していただければと考えています」
「……おい」
思わず、俺はレイの肩に手をかけた。
祀り上げるような真似はやめてくれ。俺はもう、王じゃないんだ。
レイは俺の方をちらりと見てから、小さく息をついた。
「……ですが、旦那様はそれをお望みではありませんので。そこまで気になさらなくて結構です」
そう言って、レイはアリステリアの方へと視線を戻す。
その物言いには、はっきりとした境界があった。
敬意を強要するつもりはない。だが、雑に扱われるのは認めない。
──それが、彼女なりの「主への礼節」の示し方なのだと、俺はやっと理解できた。
「ずいぶんと、愛されているのだな」
「……まあ、否定はしない」
その言葉には、どこか揶揄めいた響きがあった気もするが、俺は否定する気にはなれなかった。
「我々に敵意はなさそうだな」
「最初からそのつもりはないよ。そんなことに興味はない」
アリステリアの目を真正面から受けながら、俺は肩をすくめる。
「むしろ……何か良い仕事でもないかと思ってるくらいだ。
土地に縛られず、できれば気楽で、そこそこ報酬も良いやつ」
口にしながら、自分でも呆れてしまった。
「……まあ、そんな都合のいい話、あるわけないか」
そう漏らした俺に、アリステリアは一拍置いてから、少し考えるように視線を落とした。
「いや、無いことはないぞ。冒険者ギルドを利用するといい」
聞き慣れない言葉だった。
俺がいた場所──あの遥かな星々を束ねていた頃には、少なくともそんな組織の名は聞いた覚えがない。
「冒険者ギルド?」
問い返すと、アリステリアは静かに頷いた。
「ああ。各国や街に支部を持ち、仕事の依頼も多岐にわたる。
民間の組織だが、王侯や貴族からの信頼も厚い。公的な仕事を任されることもある」
その説明に、俺は内心で唸った。
民間でありながら、それだけの影響力を持つというのは、組織としてかなり成熟しているということだ。
「登録は誰でも可能なのか?」
「素性に問題がなければ、審査と簡単な試験を経て登録できる。
もっとも……君たちの場合は、特例を設けることもできるが」
「特例って……つまり、口利きか」
「そうだ。我がヴォルンハイム家が保証する、と言えば、少なくとも入り口で門前払いはされない。
もちろん、その後どう評価されるかは──君たち次第だがな」
アリステリアは、静かに唇を綻ばせた。
それは貴族らしい気品と、微かな試すような色を帯びた笑みだった。
──この世界ではまだ、俺の名も、過去も、何の意味も持たない。
それでいいと、俺は思っている。
「……その特例を受けるには、俺たちに何を求めるんだ?」
タダで便宜を図ってくれるような相手じゃないだろう。
「話が早くて助かる。そうだな──」
アリステリアが続きを口にしかけた、その瞬間だった。
バンッ、と勢いよく扉が開かれる。
「アリステリア様っ!
南門の先にスタンピードが発生しました!」
駆け込んできた兵士が、息を荒げながら報告を叫んだ。
その単語に、俺の耳が反応する。
「なんだと!?」
アリステリアは椅子を鳴らして立ち上がった。
スタンピード──
もし、俺の知っている意味と同じなら、それはただの騒ぎじゃない。
魔物の群れが突如として、大量に発生する現象。
都市を壊滅させ、最悪の場合、星そのものが機能不全に陥る。
かつての俺も、その対応のために私兵を派遣したこともあった。
──俺が封印されてから、あの私兵たちはどうなったんだろうな。
……いや、今は思い出に浸っている場合じゃない。
「“スタンピード”とやらは、魔物が大量に出現する現象で間違いないか?」
焦燥を浮かべる彼女に、俺はあえて落ち着いた口調で問いかけた。
「貴殿も知っているのか……そうだ。その認識で間違いない」
ならば──これは、ひとつの好機だ。
「そのスタンピード、俺たちが対処しても構わない。……どうする?」
今の俺であれば、ひとりでも充分に鎮圧できるだろう。
さらに、レイ、レオン、ミリアリア、フェリスがいれば、まず間違いはない。
だからこそ、俺は自信をもって、そう申し出た。




