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没王のくせに、気ままに旅をします。  作者: 遥
第1章-空が広がる地上へ
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003

 静かに前を歩くその背中は、鎧のきしみすらほとんど聞こえず、まるでそれが身体の一部であるかのようだった。歩き方にも姿勢にも無駄がなく、戦場で鍛えられた者の動きだった。


 街の通りを抜けていく間、住民たちは遠巻きにこちらを見ていた。

 さっきの騒ぎが広まっているのか、それとも単純に見慣れない姿が原因なのかは分からない。

 どちらにせよ、好奇心と警戒が入り混じったその視線は、決して居心地の良いものではなかった。


「貴殿らの容姿が目立つせいだろう。私と一緒にいることも、その理由の一つだと思う」


 アリステリアは振り返ることなく、淡々とそう言った。口調は冷静で、やや自嘲気味だった。


「……まあ、だから、気にするな。人によって見える世界も違うからな」


「ああ、よく分かるさ」


 貴族と王族、そして民衆では、それぞれが見ている世界が異なる。


 王族と貴族は利害が交わる分、考えが通じることもあるが、民衆とは隔たりが大きい。

 民衆と貴族、あるいは民衆と王族が同じ考えを持つことは稀であり、三者すべての価値観が一致するなど、ほとんど奇跡に近い。


 新しいものを受け入れる柔軟さは、貴族にこそ多く見られる。

 王族は土地と制度に強く縛られるがゆえに、どうしても保守的になりがちだ。

 一方で、貴族たちは教養や立場から、時に国の未来を見据えて変革を受け入れることもある。


 俺が宇宙を統べていたころ、そこに王族は俺一人だけだった。

 だからこそ、保守的になることはなかったが、かつて関わった王族たちは、国の利にならなければ絶対に首を縦には振らなかった。

 それに比べて、貴族には自分が不利益を被ってでも、互いにとって良い関係であると判断すれば行動する者がいた。


 民衆は……愚かであることが多かった。


「理解してくれて助かる。どうにもこの土地は排他的でな」


 アリステリアはそう言うと、足を止めた。


「ここが、我が家の屋敷だ」


 その言葉に合わせて、俺たちも足を止める。


 見上げると、巨大な影のように建つ屋敷が目に入った。


挿絵(By みてみん)


 風雨に晒された石造りの外壁は、長い時を経てなお威容を保っている。装飾は最小限に抑えられているが、その直線的で堅牢な造りが、むしろ“力”を語っていた。


 建物は上下に幅を変えながら伸び、塔や砦が複雑に連なる構造をしている。

 正面の塔は特に高く、周囲を一望できる見張り台の役割も果たしていた。


 それはまさしく、実戦に備えた要塞だった。

 俺が抱いた最初の印象は、それに尽きる。


 門の上には、盾と槍を組み合わせた意匠が掲げられていた。守りと迎撃を示す、簡潔で無駄のない紋章だ。


「これがお屋敷なの!?

 すごい立派ねえ……もはや、お城よね」


 ミリアリアが金髪を揺らしながら、感嘆の声を上げた。


 俺やレイはあまり感情を表に出すタイプではないから、こういうとき、彼女の素直なリアクションに助けられる。


 その声を聞いていたのか、アリステリアがわずかに横目を向けた。


「そう言われると、素直に嬉しいものだな。ありがとう」


 その口調は、これまでの硬質なものとは異なり、どこか柔らかさを帯びていた。

 アリステリアと俺たちとの距離が、一気に縮まったように感じた。


 ミリアリアは、本当にいい女だ。


 何も考えてないように見えて、空気を和らげるのがうまい。

 それが意図的なのかどうかは分からないが──場がふっと軽くなる。


 ……改めて、惚れ直すよ。


「ふふっ、どういたしまして」


 ミリアリアは、アリステリアの感謝を、飾らずに受け取った。


 アリステリアは目線を屋敷に戻し、何事もなかったように歩を進めた。

 俺たちも、何となく頷き合って彼女の背を追う。


 屋敷の前で、アリステリアは再び立ち止まった。重厚な門のすぐ脇には、槍を携えた門兵が一人、直立不動の姿勢で立っていた。


「通す。こちらは私の客人だ」


 アリステリアが歩を緩めずに告げると、門兵はすぐに一歩前に出て、敬礼を取った。


「はっ、アリステリア様。ご同行の方々について、騎士長には──」


「その件は、後ほど私から説明する。いまは通せ」


「……かしこまりました」


 門兵は頭を下げ、門の開閉装置に手をかける。

 油の差された金具が低くうなり、ゆっくりと門が開かれていった。


 開いた門の奥に見えるのは、先ほど見上げた威容そのもの。静かで、どこか張りつめたような雰囲気を湛えた石の館だった。


 石畳を踏みしめながら、屋敷の中へと足を踏み入れる。


 門を抜けた瞬間、外とは異なる、しんと張りつめた静寂が肌を撫でた。

 まるで、この屋敷そのものが呼吸を止めているかのような、重く閉ざされた空気だった。


 建物は広く、しかし簡素だった。

 余計な装飾はほとんどなく、通路の壁には古い紋章と、丁寧に手入れされた燭台が等間隔に並んでいる。

 この屋敷が「見せるため」ではなく、「使うため」に建てられたのだということが、ひと目で分かった。


「旦那様、私が秘書を務めますね」


 レイがすっと前に出て、俺の隣へ並んだ。

 どうやら、それなりに重たい話になると見て、秘書役を買って出てくれるようだ。


「そうだな。頼むよ」


 昔からの付き合いだ。こういう場面でサポートを頼むなら、やはりレイが一番適任だ。


 俺は一冊のノートブックとペンを取り出し、彼女に手渡した。


「……なんだか、懐かしいですね」


 レイは、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。


「そうだな」


 その言葉を、否定することはできなかった。

 王として君臨していた頃、こうして彼女に手伝ってもらう機会は幾度となくあった。

 だが最近では──少なくとも、封印から目覚めてからは、そんな場面はまるでなかった。


「おっと……」「!?」


 昔の懐かしんでいると、突然ミリアリアが俺とレイの間に割り込んできた。

 両腕を器用に絡め、俺とレイの腕をそれぞれ引っ掛けてくる。


「なに勝手にいい雰囲気になってるのよ?

 ……私もまぜなさいよ」


「悪い悪い。そういうつもりはなかったんだ」


 俺は、レイとミリアリア──ふたりを妻として迎えている。

 レイとは付き合いがとても長いので、共に語れる記憶が数え切れないほど存在する。

 一方で、ミリアリアとはまだ深く語れるような思い出が、あまりない。


 だから、こうやって無意識のうちに、彼女だけを置いてけぼりにしてしまうことがある。

 だから、少しでも愛情を示そうと、俺は手を伸ばす。


「シン様、お戯れはそのあたりで」


 ミリアリアの頭に手を伸ばしかけた瞬間、背後からフェリスの声が飛んできた。

 その一言に、俺の動きはぴたりと止まる。


 ここは見知らぬ貴族の屋敷。装飾よりも実用を重んじた造りは、よそ者に対して歓迎よりも警戒を示しているようだった。


「……悪い、ありがとう」


 フェリスの静止には、ただ感謝しかなかった。


 愛は時に人を狂わせるというが、そこまでではなくとも、感情が先行していたのは確かだ。

 それが悪いとは思わない。むしろ、そんな状態を幸せに思える自分がいる。

 だが──何事も、節度というものは大事だ。


「ダンジョンから来たというから、どんな者かと思えば、我々と大して変わらないのだな」


 アリステリアはそう言いながら、俺たちの様子をちらりと見た。


「そう見えるなら、多少は得をしてるかもな。少なくとも、“人間に見える”ってことだ」


 俺が肩をすくめると、アリステリアはわずかに口元を緩めた。ほんの一瞬の、それでも確かな変化だった。


 やがて俺たちは、アリステリアに導かれて建物の中へと足を踏み入れた。

 内装にはいくつか装飾品も見られたが、どれも決して華美ではなく、屋敷の外観に通じる無骨な趣を損なわない範囲に抑えられていた。

 廊下は基本的に一本道で、ときおり脇道が分かれているものの、特に寄り道することもなく歩き続けた。


「ここだ」


 アリステリアは、廊下に並ぶ扉の一つに手をかけた。

 その先に広がっていたのは、ひときわ広い応接室だった。

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