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没王のくせに、気ままに旅をします。  作者: 遥
第2章-冒険者ギルド
12/13

012

 翌朝、家の静けさを破るように、玄関を叩く音が響いた。

 俺──シン・エヴァルディアは、その音に反応して扉へ向かう。


「シン王、ここは俺が出る」


 扉に手をかけようとしたところで、レオンが静かに制した。


「……それもそうだな。任せる」


 俺はもう“没王”だが、レオンにとって俺は主であることに変わりはない。

 その俺が来客の対応まで先に出てしまっては、彼の立場がなくなってしまう。


「俺は居間にいる。用があるようなら、そこまで案内してくれ」


 客人を通せるリビングに、俺は身を引くことにした。


 昨日の稽古でもそうだったが、レオンはどこか焦っている印象を受ける。

 それについて口出しするつもりはない。だが、少しずつでも“任せる”という姿勢は持っておくべきだと思っている。


 配下を持つというのは、そういうことだ。

 自分でこなせるからといって、何もかも自分でやっていては、相手の成長も誇りも奪ってしまう。

 たとえ自分でやれることでも、それを任せて「信頼している」と示すことに意味がある。


「なんだったの?」


 リビングに戻ると、ソファにはミリアリアとレイが並んで座っていた。

 ミリアリアは髪に少し寝癖を残したまま、レイはいつもどおり整った姿で静かに座っている。


 ふたりの間には、わかりやすく一席ぶんの空白。

 その視線は揃って、俺に「ここに座れ」と語っていた。


「来客だな。レオンが応対するそうだ」


「ふぅん」


 ミリアリアは、たいして興味もなさそうに声を漏らした。


 俺は、ふたりのあいだに腰を下ろした。

 するとすぐに、ミリアリアが身体をこちらへと預けてくる。まるで枝垂れるように、柔らかく、遠慮のない動きだった。


「旦那様、どうやらレオンだけでは話がまとまらなさそうです」


 レイが、静かにそう告げた。


「そうみたいね。……任せるのは良いけど、結果的に二度手間だったんじゃない?」


 ミリアリアは、そう言いながら俺の膝に頭を乗せてきた。

 ソファには完全に横たわり、脚を折りたたんだ状態で、膝を立てている。

 実に行儀の悪い格好だが、本人はまったく気にしていないようだった。


 彼女の言うとおりなら、今のその体勢は、俺の動きを明らかに妨げるものだ。

 つまり、自分で言っておきながら、俺が立てないようにしているということになる。

 少しばかり矛盾している気がした。


「もともと王様だったんだから、女の子を侍らせるくらい、別に変じゃないわよ?」


 俺の思考を見透かしたように、ミリアリアが何気なくそう口にする。


「……いや、普通は逆だろう?」


 俺が膝枕する側じゃなくて、される側のはずだ。


「私としては、それでもいいけど?」


「今は遠慮しておく」


「ほら、そう言うでしょ。

 だから私は、シンとくっつきたいからこうしてるのよ」


 まあ、いいか。別に、誰に見られて困るようなことでもない。


 そのとき、リビングの扉が開いた。


「シン王、来客だ。昨日の……」


 レオンが、一人の客を連れて中へ入ってきた。


「昨日ぶりだな。スタンピードを止めてくれたこと、改めて感謝する。

 今日は、その件に対する報酬を持ってきた」


 姿を現したのは、アリステリア・ヴォルンハイムだった。

 昨日とは違い、白銀の鎧を着ていないからか、どこか肩の力が抜けている印象を受けた。

 髪の一房が肩にかかるのも気に留めず、手には一通の白い封筒を持っていた。


 俺たちの前に立つと、迷いなくその封筒を差し出してくる。


「……これは?」


「冒険者ギルドへの紹介状だ。それなりに特別待遇になっているはずだ」


「なるほど」


 具体的にどのような優遇措置があるかはわからないが、彼女が言うのなら信用していいだろう。

 そもそも、この件に関しては相手を信用する以外に、俺ができることは何もない。


 アリステリアは室内をひととおり見渡すと、俺たちの向かい側に、ソファの背にもたれて腰を下ろして足を組んだ。


「程よくくつろいでくれているようで何よりだ。今後も、気にせず使ってくれ」


 そして、そんなことを言った。


「わかった。遠慮せずに使わせてもらうよ」


 とはいえ、いつかは、自分の家を持ったほうがいいのかもしれない。

 もっとも、この世界の金銭を持っていない俺たちは、まずは路銀を稼ぐ以外に出来る事など無いのだが……


「それで良い。

 あっさり済んだように見えるが、もしスタンピードが街まで達していれば、この街そのものが消えていた可能性もあった。

 本来なら、この一軒家を貴殿たちに贈与してもいいくらいの働きだよ」


 まあ、そうだろうな。

 俺にとって、スタンピードの鎮圧はさして難しいことではなかった。


 俺はかつて、宇宙そのものを飲み込もうとする“ブラックホール”を、自らの体に封じた異常の存在だ。

 スタンピード程度で困るようなら、とっくの昔に消えていた。


 だが、この街の人々は俺のような化物ではない。

 ただの人間であり、ただの日常を守るために生きている。

 彼らがスタンピードと対峙すれば、抗う術もなく蹂躙され、ひとたまりもないだろう。


「この建物が欲しいと思うか?」


 アリステリアの問いかけに、俺は軽く首を横に振った。


「……念のために聞いてみただけだ」


 彼女は小さく肩をすくめた。どうやら、無理に押しつける気はなさそうだ。


「この封筒は、そのまま冒険者ギルドに出せばいいのか?」


 使い方がいまいちわからない。中身を先に確認しておいた方がいいのかとも思ったが、封はされているようだった。


「ああ。ロビーのカウンターに出せば大丈夫だ。

 貴殿らの件については、すでにギルドに話を通してある」


「了解した。……他に、何か話しておくことはあるか?」


 俺は必要以上にアリステリアに関心がない。

 以前の俺なら、ここでもう少し深く話を掘り下げようとしていただろうが、今はそれよりも、プライベートな時間に“部外者”がいるという事実のほうが気になっていた。


「特にはない。……逆に、何か聞いておきたいことは?」


「聞きたいこと、か……そうだな。

 一般的な金銭の価値について、簡単に教えてくれないか?」


 問いを返されてから、少し考えて出た質問だった。

 どうしても聞いておきたかったわけではない。でも、聞いておけば後々の参考にはなるだろう。


 アリステリアは組んでいた脚をほどき、静かに姿勢を整えた。

 それから、こちらに意識を向けるように、穏やかに口を開く。


「まず、前提を伝えておこう。この国はラズマリナ王国と呼ばれている。

 古くは交易国家として栄えたが、いまは王権と貴族階級が力を保っている国家だ」


 その語り口は、講義のように滑らかで迷いがなかった。


「通貨体系は単純だ。ラズマリナ銅貨、銀貨、金貨の三種。

 一枚あたりの価値は、銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚という具合だ。

 ラズマリナ王国以外にも同様の体系を採用する国は多いが、銘が異なれば信用度も異なる。忘れないでくれ」


 俺は軽く頷いて返す。通貨の価値を理解せずに街で動けば、損をするのはこちらだ。


「たとえば、パン一つでラズマリナ銅貨三枚前後。

 宿屋の個室を一晩借りると、ラズマリナ銀貨一枚が基準になる」


「銀貨一枚で泊まれるのか」


「そのかわり、銀貨十枚──つまり金貨一枚あれば、身なりさえ整っていれば貴族の館に三晩泊まることもできる。

 庶民の感覚では、金貨一枚は“大金”だ。気軽に持ち歩くようなものではない」


 彼女はそう付け加え、視線だけでミリアリアの方を見やる。ソファの上で寝そべっていた彼女は、まるで話など聞いていないかのように、天井をぼんやり眺めていた。

 割と真面目な話の中で、ふざけた格好をしているミリアリアのことが気になったのだろう。


「稼ぎの基準は労働にもよるが、一般的な日雇いであれば銅貨五〜八枚。

 銀貨を日払いで受け取れる仕事は、かなり限られている。

 ……今後、生活を整えるつもりなら、銅貨単位の出費にも意識を向けるべきだ」


 説明は簡潔だったが、要点はすべて押さえられていた。

 これだけ把握していれば、街の中で動く分には困ることはなさそうだ。


「他に、聞いておくべきことはあるか?」


 アリステリアはごく自然に、こちらの疑問を引き出そうとしてくれる。


「今は特にない」


 俺は軽く首を振って応じた。


「そうか。もしよければ、このあと私が冒険者ギルドまで案内しようかと思っているが……どうだ?」


 俺たちは、まだこの街の地理に詳しいわけではない。

 その申し出は、正直ありがたかった。


「助かる。案内してもらえるなら、願いたい」


「ああ。もちろんだ。冒険者ギルドには、素行の悪い者も少なくない。

 最初は私と一緒に行ったほうが、余計なトラブルを避けられるだろう」


 ならず者が多い、か。

 たしかに、冒険者ギルドは素性を問わず、誰でも登録できると聞いている。

 審査と簡単な試験こそあるようだが、身分や経歴の提出が必須というわけではない。

 それが、荒くれ者を呼び寄せる原因になっているのかもしれない……もっとも、それはあくまで俺の推測にすぎないが。


 アリステリアは何の迷いもなく腰を上げ、落ち着いた仕草で身なりを正す。


「少し外で待っていてくれ。俺たちはまだ、外出の準備が整っていない」


 ミリアリアのこのくつろぎ具合を見て、それでも「準備万端」に見えるというなら、その目はすでに節穴だ。むしろ抉ってやりたいくらいだ。


「わかった。では、先に外で待たせてもらう」


 既に立ち上がっていたアリステリアは、それ以上は何も言わず、ゆっくりと踵を返した。


「ああ、感謝する」


 俺はその背に声をかけた。

 アリステリアは振り返ることもなく扉を出ていき、来客対応を任せたレオンが、それに続いて姿を消した。

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