表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没王のくせに、気ままに旅をします。  作者: 遥
第1章-空が広がる地上へ
10/13

010-レオンside

「よっ、どうしたんだ?」


 俺──レオンは、食後の静かな夜空の下、家の外でぽつんと立っていた吸血鬼に声をかけた。


「貴方こそ、どうしたのよ?」


 ミリアリアは肩をすくめて、おどけたように返す。


「悪魔って言ったら、夜だろ?」


 俺も、あいつも“闇”の種族だ。

 ただ、吸血鬼は俺たち悪魔ほど忌み嫌われてはいない。


「吸血鬼ほどじゃないわよ」


「そりゃそうかもな。

 悪魔は“夜”っていうより、“闇”だもんな」


 彼女の指摘に、俺はあっさり納得してしまった。


「そうね。吸血鬼は、日中を歩けない種族だから」


「でも、お前は特別なんだろ?」


 吸血鬼の事情はよく知らない。けど、彼女が昼間も平然と動き回ってるのは、俺も知ってる。


「ええ」


 紅く光る彼女の瞳が、ふわりと夜空を見上げた。


「……そっか。俺たちに、体内時計を合わせてるんだもんな」


 ようやく、彼女が一人で外にいた理由がわかった気がした。

 本来なら、吸血鬼は昼に眠り、夜に目覚める生き物だ。

 ダンジョンを出て初めて迎えた“本来の夜”。彼女は、その空気にただ浸りたかったんだろう。


 ……まあ、俺も似たようなもんだ。

 ニコニコ笑って、適当にやり過ごすなんて、どうにも柄じゃねぇ。


 別に、無闇に誰かを傷つけたいってわけじゃないけどさ。


「シンとレイに合わせてるだけよ」


「……そこ、わざわざ訂正する必要あったか?」


 どうでもよさそうなことをわざわざ言うから、俺はちょっと変な顔してたと思う。


「ええ。

 でないと、私……いろんな人と関わり過ぎちゃうから」


 どうやら、本人にとってはちゃんと意味のあることだったらしい。

 なんか、めんどくさいことを色々考えてんだな。


「別にいいだろ。関わったって」


 駄目な理由がよくわからん。


「そうね」


 彼女は、聞いてるんだか聞いてないんだか、気のない声で返してきた。


 フェリスと話してる時とは全然違う。

 まるで、何の意味もない会話をしてるみたいな感じだ。


 ……まあ、仕方ないか。

 俺も、フェリスも、“シン王”からエヴァルディアの名をもらったけど、所詮は家族でもなんでもねぇしな。


「思うところがあるんなら、シン王やレイに話せばいいだろ」


「あのふたりは関係ないわよ」


 月明かりに照らされた彼女の金髪が、風に揺れて柔らかく光った。


「ああ、そうかい」


 俺は手元から大鎌と大盾を取り出す。

 この大鎌は、俺の中にある“憤怒”の感情が形になったもの。

 そして大盾は、“暴食”の感情が具現化したものだ。


 俺が外に出てきた理由は単純で、自分の鍛錬のためだ。


 俺は騎士だが、シン王には到底及ばねぇ。

 正面からぶつかったところで、勝ち目なんてゼロに等しい。


 だから、少しでも近づくために、自分に稽古を課している。


 そんな俺の横で、ミリアリアはあっさりと地面に寝転がっていた。

 稽古の邪魔になるほど近くはないが、正直ちょっと気が散る。


「貴方も真面目よね。悪魔のくせに」


 大鎌を振って素振りをしていると、ミリアリアのつまらなさそうな声が背後から届いた。


「……悪いかよ」


 低く、小さく、つい漏れた声だった。


「そんなこと言ってないわ。かっこいいと思ってるのよ」


 その言葉は、少し意外だった。


「フェリスが好きな理由がわかるわ。対極の種族なのにね」


「そりゃどーも。……あいつには苦労かけてるよ」


 悪魔である俺についてくる選択をしたフェリスに、順風満帆な人生なんて与えてやれないのは最初から分かってた。


「いいことじゃない。それも含めてね」


「……そうだな」


 かけた苦労、かけられた苦労。

 お互いに、どこかで足を引っ張ってる部分もある。

 それでも俺は、フェリスが一番なんだ。


「あんな子がいたら、夢中になっちゃうわよね」


「だろ?」


「ええ、本当にそう思うわ」


 フェリスは、見た目も中身も天使みたいなやつだ。いや、実際天使だけど。

 誰にでも優しくて、怒ることなんて滅多にない。

 呆れることはあっても、叱ることはあっても、怒らない。


「フェリスの真似……してみようかしら?」


「やめとけ。

 ……なんとなくだけどよ、シン王は、ああいうタイプは好みじゃねぇ気がする」


 男にしかわからない直感ってやつ。たぶん、そういうのがある。


「えぇ、そうかしら?

 私だったら、嬉しいけど……」


「その“私”ってやつに好かれたいなら、それでいいんじゃね?」


 そう言いながら、俺はもうひと振り、大鎌を縦から横に振るった。


「ってか、そんなことしなくても、問題なくね?」


 つい、本音が漏れた。

 ミリアリアの言葉は、どこか悩みにも聞こえたが……シン王に限っては、そんな無理をする必要なんてない気がした。


「……そう見える?」


「俺たちはな、お前とは違って、シンとレイ"だけ"の会話を何度も見てるからさ。

 お前が加わってから、アイツらの雰囲気が明るくなったのは確かだ」


 シン王には、いわゆる“色欲”みたいな情愛があまり見られない。

 そういう話題が嫌いってわけじゃないが、強引に誰かを従わせたいとか、そういう欲は全然感じられない。


 女を抱くときって、男には多少なりとも“征服欲”みたいなもんが湧いたりするもんだ。

 でも、アイツからはそれが見えない。


 ……まあ、実際の夜のアイツは知らねえけどな。

 でも、俺たち悪魔は、そういう欲には敏感なもんだ。


 俺が“感じない”って思ってるってことは、多分、あんまり持ってないんだと思う。


「自分の王様を“アイツ”呼ばわりは、よくないんじゃない?」


「どうせ、気にしねえだろ」


 ミリアリアの冷静な指摘に、俺は肩をすくめて返した。

 実際、シン王は気にもとめねえだろ。


「レオン。もしよかったら、相手してあげようか?」


 唐突に、彼女がそう言ってきた。


「稽古の?」


「それ以外に何があるのよ?」


「……確認しただけだっての」


 いちいち癪に障る言い方しやがって。

 だけど、実力の話をするなら、ミリアリアは確実に俺より強い。


 一見、才能ってやつは残酷だなと思う。

 けど違う。ミリアリアと手を合わせると、わかるんだ。

 あれは生まれつきの天賦じゃない。長い時間をかけて磨き上げた、技術の重みだ。


 多分、封印される前に、相当な修練を積んでたんだろうな。


「ひとりでやるより意味あるしな。

 頼んでもいいか?」


 俺はミリアリアに尋ねた。


「もちろんよ。

 言い出したのは私だから」


 彼女は自分の手の甲に牙を突き立てた。

 滲んだ血が空中に浮かび上がり、やがて二本の剣へと姿を変える。


「私が攻める形でいいのよね?」


「ああ。俺は騎士だからな」


 悪魔が何を守るんだ、と言われれば、それまでの話かもしれない。

 けど、俺はそれでも“守る側”でいたいと思ってる。


「──いくわよ」


 その声が耳に届くと同時に、彼女の姿はもう俺の真横にあった。

 動き出した気配すらつかめなかった。


 こういうところなんだよ。才能なんかじゃない。

 積み上げた鍛錬の重さってやつだ。

 才能だけのやつが、動きの起こりを完全に消すなんて芸当はできるはずがない。


 俺は反射的に盾を滑り込ませるように構え、ギリギリで一撃を受け止めた。


「前は、これで倒れてたのにね」


「……うっせえ。言ってろ」


 ぐうの音も出ねぇ。事実だから何も言い返せない。


 彼女の姿が一瞬、盾の向こうに隠れた。

 しゃがんだのかもしれない。そう思った瞬間、足元から足払いが仕掛けられてくる。

 俺はとっさに右足を持ち上げて、それを回避した。


 盾を持つ相手に対して、その影を使って死角から足を狙う。

 そういう発想が自然に出てくる時点で、こいつがどれだけ場数を踏んできたかがよく分かる。


 俺は本気で大鎌を振り抜いた。けど、彼女の姿はもうそこにはなかった。


「上よ」


「……っ!?」


 俺はミリアリア以外の、この様子を見ている存在に気が付かなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説家になろう 勝手にランキング

ブクマ・ポイント評価お願いしまします!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ