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花仕舞師  作者: RISING SUN
第十二章──和(やわらぎ)の調和、争いの終わりし者
196/252

196話

 ──もう、よいのかも……もし、このまま熙剣殿の側におれば、何もかも捨てれば……楽に──


 清は無意識に熙剣に身体を預けるように寄りかかる。熙剣の命により、家臣は外され、今は清、熙剣と二人だけの世界になっていた。家臣は最後まで熙剣の身を案じ、渋ったたが熙剣の強気言葉で席を立っていた。

「? 如何された……清……」

 熙剣は躊躇いながら知らず知らず、清の肩を抱きしめていた。

「わかりませぬ……しかしながら、熙剣殿に身を預けておりますと気が楽になりまする……人非らざらぬ者、此度、手前は捕らえられた時、思い知らされました。人の冷たき目に晒され、すべてが虚しく……信じておった者どもさえ疑う心内、ただ今は熙剣殿の心温かき御心に触れ……心が安らいでおります。熙剣殿が手前になんの情なきことは存じあげますが、ただ花仕舞師としての興味で手前がここにおることはわかっておりますが……それでも……」

「清……」

 熙剣は清の手を握る。しかし、違和感を感じる。


 ──……なぜにここまでに清の手は冷たい。人としての温もりを感じない? この冷たさは死人の温もり……血の通わなくなった……もしや、まこと清は人非らざる者? ……まあ、よい……か弱きおなごのここまでの想像絶する苦難──


 熙剣は清の襟元に手を忍ばせようとする。

「いけませぬ、熙剣殿……この胸には無惨な傷痕がございます……」

「かまわぬ……」

 熙剣は力を入れる。

「いけませぬ……この傷を熙剣殿の前に晒せば……恥ずかしきかぎり……」

 今まで、ことある度に傷痕を晒してきた清にとって女として恥じらいを見せる刹那であった。

「よい……」

 熙剣は言葉を短く切り、さらに力を強める。

「なりませぬ……こな傷痕を晒せば手前が人非らざる者として熙剣殿に蔑まれ、疎まれ嫌われてしまいます……それは今、心の内、辛うございます……熙剣殿の温もりが消えてしまう……それは今の私には辛うございます」

「ならば晒して試してみよ……われがそう想うかどうか……今、われは花仕舞師として清を見てるのではない……人非らざる者として見てるわけでもない……一人のおなごとして見てる」

「それは……」

 清は頬を赤らめる。

「信じてもよいでござりますか?」

「われを信じよ……」

 熙剣は目をまっすぐ清に向ける。

「わかり申した……」

 清は立ち上がり、熙剣に背を向け、清は吐息を漏らした。赤い帯をゆっくりと緩める。赤い帯はまるで清の心の内を現すかのようにさらに赤く染まったかのように見えた。するりと畳に落ちる帯。襟元から薄い桃色の小袖を肩口からゆっくりとすべらせる。露になった白襦袢(しろじゅばん)は清の純血を思わせる。腰紐を緩め襦袢も肩口からずらす。白い肌が露になる。外気に触れると肌が染まる気がした。その刻──


「ぐっ……こ、これは……」

 清の身体に異変が起こる。踞り顔を手で覆う清。それは痛みが身体を突き抜けたわけではない。もっと根本的な心の奥底からくる得たいの知れない違和感。

「どうされた! 清……」

 清の身体にある花匣が黒く染まりはじめる。黒く染まった匣が清の中に朧気に浮かんだ『(やさし)』が変わっていく。

「これは……変わっていく……われに芽生えしものが……か、変わっていく」

 清の花匣は黒く染まり、そして『慈』の徳が姿を変え、『(しいたげ)』に変わる。闇に堕ちるが如くの感触。ゆっくり立ち上がり、静かに手を下ろす清。

 そこにある目は慈愛さえ嘲笑うかのような冷たい目。纏うは『虐』。心の内に預かった徳、すべてを否定するかのような清の姿があった。

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