195話
「清さまは無事じゃろうか?」
根音がぽつりと呟く。
「大丈夫だと思うが……じゃがあの時、『慈』が芽生えたこと言うとった……あれは芽生えたんじゃなくて……」
根子が答えた。
「わかっとる……様々な徳にあてられ自らの徳が戻りはじめとる……」
「そうじゃ……ようやくじゃ……残りの三っつの徳が清さまの花匣に収まった時、すべてが終わる……」
根音と根子は寂しそうな顔をする。
──世實代を仕舞ったあと……──
「根音、根子終わりました……じゃがこれはなんぞ……私の中に新たな徳、『慈』が……」
「それは……」
根子の歯切れが悪い。
「根音、何か知らぬか?」
根音にも問う清。
「わ、わからぬことに……」
根音も答えない。
「そうか……じゃが、この『慈』なぜか懐かしさが込み上げてくる……もしや記憶が戻るのか……?」
ふと声をあげた時だった。
「そなたたちか……この騒乱の元凶は……火を放ち、暴れ狂い、民を惑わす、忌まわしき物の怪どもよ……! まことに恐ろしき所業……これより御目付衆、ここにてそなたらを捕らえ、正しき裁きを仰がん!」
声は震え、言葉の端々に恐怖がにじみ出ていたが、領主より授かった役目を果たそうと決意を露にしていた。新たにこの地を支配する領主御目付衆として、見回りの役目を帯びし者どもは、町の騒ぎに馳せ参じ、民衆の証言を糺しつつ、不届き者と目された清を取り押さえんと、その身構えた。
「なっ……何を……」
清は突然、包囲され戸惑う。
「て、手前は火など、それに暴れ狂うなど……」
清は無実を訴える。
「ええい、民どもの声は皆、そなたらを指しておるぞ! 証拠は十二分、もはや構わぬ! いざ、引っ立てい!」
捕らえられようとする清。打物を持ち滲み寄るお目付役衆。追い詰められる。
「根音、根子よ、われに構わず行け! 逃げるのじゃ……そなたらならば必ずや巧みに凌げよう! さあ、急げ、逃げるのだ……これは主たるわれの命ぞ!」
「いやです……清さま……」
「おいらも同じじゃ、清さまと一緒じゃ」
二人は清にしがみつく。
「何をしておる! われの命が聞けぬか! 早うにげぇ……」
清は二人を突き放し、一人、お目付役衆に立ち塞がる。
「いやじゃ……」
それでもすがりつこうとする二人。
「仕方なき、花天照よ……二人を連れて逃げなさい!」
すっと姿を現す花天照。
「御意……」
花天照は根音と根子を抱え、すっと姿を眩ます。
「やや、あの童子どもは何処へ……やはりそなた物の怪なり……! 捕らえよ」
清は打物で打たれ、押さえつけられ捕らえられる。
「なにゆえ……このような仕打ちを……」
清は周囲を見渡す。民衆の目はまるで冷たく罪人を見る目……。
「そうか……それほどまでに……」
清は頭を垂れた。そしてそのまま抵抗する気力さえなく縄をうたれ、連れていかれた。
──人非らざるわれは打物で打たれ、縄かけられる姿が相応しい──