194話
「いやはや……まこと奇怪にして不可思議なる景にてあった……朧気ながらに見えしもの、それは他の者には決して見えず、ただ余、一人の眼にのみ映じたるものなり。真白の装束に、漆黒の羽織を纏いたるおなご二人……式神めきし影ども、現路殿を芯とし、舞い乱るるさま、いと妖しうて、つくづく胸底に響きおる。されど、これなる景色、幻とばかり思うておったが……」
熙剣は語るあの日のことを語る。
──まさか……花紋様の共鳴にございましょうか……? いえ……熙剣殿の左手には、紋様はお現れにならず……さすれば……いかなる訳にて……? なにゆえに……?──
清の心の内は乱される。
「それよりのちのことにてある……常に夢の中に現れ出でるのじゃ。余を芯となし、舞を舞う者どもが現るる……。まこと、奇怪にして不可思議なる景にてあった……」
熙剣は笑う。
「我も……仕舞うべきか、清とやらよ。されど、我には徳なるもの、いささかも備わらず……なにゆえならば、我は戦に生きし者。世の平定をこそ願いはせしが……あまりにも、その本懐を遂げんがため、人を殺めすぎた……これにては、舞うに値せぬ道理にてあろう……?」
「わかりませぬ……そればかりは、わかりませぬ……」
清は返答に困る。その戸惑いをまるで試すかの如く笑う熙剣。
「清とやら……近う寄れ。そちの話、さらに詳らかに聞かせよ……花仕舞師として、これまでいかなる道を歩みしや。我は、そちの語りを聞きとうてたまらぬのじゃ……まこと、現世には不可思議なること多かれど、そちの目に映る物語、そのすべてを、我に伝えてくれよ……」
──げに……不思議なる殿方にてございますな……そのお力、その御心の推進、まこと魅力あるものにござる──
清は導かれるように熙剣の側に寄る。
「ほう、そちは我が怖くないか? 我のような傍若無人の如く振る舞う我を……」
「そうでござるか? 手前にはすべてを欲しがる稚児に見えまする……」
清は優しく微笑む。
「ぶ、無礼な……!」
家臣がいきり立つ。
「我が稚児……はははっ──面白い! そちは、げに面白い。我を稚児と呼ぶのはそちだけじゃ……」
──我は何をしとる? なぜ惹かれる……この殿方に……──
清は旅路の話を聞かせた。耶三淵の村から始まる旅路……お雪の『仁』の話からはじまり、灰音郷の灰塊の『義』、盲目の僧侶、零闇の『礼』、語れば尽くせぬほどの濃密な時間を清は熙剣と過ごした。
「まこと、そのような者どもを……そちのその胸に仕舞っておるのか?」
「さようでございます……いつからここにあるかはわかりませぬが、手前のここには花匣なる器があり、そこにかの者たちの徳をお預かりしております……」