193話
翌朝、清はとある場所に連れて来られる。後手縛りで腕は背に回され、縄が肩甲骨の上で締め上げられている。脇は逃げる余地もなく締め付けられ、息をするたび縄が喉元を引っ張った。
「殿、危なきにございまする。さすれば何やら妖しい者共を引き連れ惑わした様子。物の怪との噂も立っておりまする。ゆえにここはお控えになされた方が……」
家臣が止めに入る。
「構わぬ……物の怪ならばそれがし、一度は生ある内に会ってみたいと思っておった……まこと興味そそられる」
家臣の心配を他所に自由奔放に語り尽くす。
後手で縛られ跪く清の前に現れた男。そこに立ちふさがる男は一帯を統治し、さらに勢力を伸ばし続ける悠前ノ国の領主逆矢間熙剣。
「率直に聞く。そちは民を惑わし、妖しげな術を使うと聞く。それはいかがなるものか?」
熙剣の目は罪人を見る目ではなく、得たいの知れない者への興味を示すものであった。その言葉に清はきっと熙剣を睨む。
「断じて妖しげな術ではございませぬ。手前は花仕舞師、人の徳を持って、その者の最期を成就させ仕舞う者でございます」
「この無礼者、この方をどなたと心得るか……!」
心情穏やかではない家臣が声を荒げる。気を赦せば何をしでかすかと細心の注意を払う家臣。
「ほう、花仕舞師に人の徳を持ってか……その方、大変興味深いな……しかし、仕舞うとは殺めるということか? もしそうならば看破できぬが……」
「殺めるなどとは……! 手前は……舞を舞うのみでございます、それこそが花仕舞師の宿命」
「舞? 舞とはなんぞ……? 花仕舞師の宿命とやら、しからばそれを見せてみよ……それにそちは式神如くなるものを呼び寄せるとも聞いておるが? それも呼び寄せてみよ……」
さらに目を輝かせる熙剣。
「それは……できませぬ」
「なぜゆえに……」
「花仕舞師の舞は花紋様浮かび上がる徳を持つ者にのみ使うものでございます……それに呼び出す者どもは式神ではございませぬ。花護人……舞を助け、徳ある者を導く存在……それに……手前は今、一人でございますゆえ……」
「一人……? まぁ、よい……おい、この者の縄を解け……」
「何をおっしゃいますか!」
家臣が慌てる。
「よい……この者の目……今は死んでおる……輝きもなし哀しき目をしとる……ならば恐るることなき。こやつにまこと興味が沸く」
「そうだとしても……いつ、何をしでかすかわかりませぬ、そればかりは……」
「黙れ! こやつを城にて住まわせろ……花仕舞師とやらにも興味がある……余はこの手の者が好きじゃ……今は死んでおるが詞には信念を感じる……あの現路殿のように……」
熙剣は優しく笑みを浮かべ、あの時の現路の潔さを思い出す。
「現路殿……? まさか……あの時の……切腹の儀の時においでつかまつられた……殿方は熙剣さまでございますか?」
清は目を見開いた。
「うん? 現路殿をご存知か……? それになぜ現路殿の切腹の儀に我がおったことを知っておる?」
熙剣の目はさらに輝いた。
「もしや……そちもその場におったのか? あれは幻ではなかったか……」
清は心の内、叫んだ。
──そんなはずは……あの時は、現路殿の切腹の儀という誇り高き儀なるもの、その儀を穢さぬために花護人、姉さまの花傀儡の計らいにのより、現路殿以外気付かなくしたはず。しかし、なぜ、熙剣殿は気づいた? いや気付くというより舞が行われたことを感じた?──