190話
すべての欲を燃やし尽くすように舞う花焔を、深く深く霧が包み込む。朧霧は幻想な世界を作る。まるで一瞬にして花焔の劫火を包む。やがて薄霧になり、人型の輪郭がはっきりと姿を現す。真白の瞳にささめく髪。白霧の衣を纏いし花枝伍の花霧。
「やがて晴れるは徳の輝き……欲も未練も晴れしは徳の成就。此れ、世實代殿の『勇』の真髄なり」
花霧が舞えば舞うほど霧は晴れる。そしてそこに現るは荘厳な神社。天器ノ匣社が姿を現す。最後の真白の蕾が花開くと白衣緋袴、優雅の花冠を纏う巫女、花枝陸の花誓が誓約書を持ち優雅に舞う。舞い続けるなか、誓約書を掲げると世實代は静かに頷く。
しかし、そこに現れる漆黒の殿の蕾。無残に焼き尽くされたあとに残る蕾が咲くと炭のようにぼろ、ぼろと崩れ、炭模様の衣を纏いし、仇花枝陸の花墨が現れる。情念を黒く塗り潰すかのような舞。
「人の情念、それはまこと断罪されるものに非ず。断罪されるは、それ即ち人を止めるが如し……その情念を持ってこそ、仕舞われるがまことの癒しなり……」
花誓と花墨の人の仕舞いに見るそれぞれの終末。花誓は宣言する。
「ここに世實代殿の徳、『勇』誓約交わされたなり」
花誓は天の神に届けるかの如く空に放り投げる。
花天照が再度現れ、天に指差す。
「此れにて導かれし舞の終わり……清さま、花結を──」
花化従も花傀儡てちの舞が終わると 世實代の元にいき、着けていた面をそっと世實代の元に置く。その姿、心奪われること請け合いの美貌なり。
「お逝きなさい……静さま、花尽の言葉を──」
清は祈りを込め花結を告げる。
──恐れを抱きし者こそ、真のいさみを知る。震える足で、一歩を踏み出した、その日から──
「此れにて花結、締結──」
静は花尽を告げる。
──逃げたいと願うたび、己を責める。その怯えにいさみ、誰よりも強き心の証明、生への渇望──
「此れにて花尽──」
やがて、二つの線香花火の最期、燃え尽き静かに落ちる。そして一瞬赤く染まると終わりを告げるように消えていく。
「世實代殿、これが仕舞しの舞に候。届け──花文!」
清は世實代に花文を届ける。色鮮やかな花々の光が世實代に吸い込まれ清の中にある花匣に世實代の『勇』が収まる。
「そして、母上殿、これは灰塊殿と世實代殿のこの世に絶望しながらもそれでも力強く生きられた証……届け──花文!」
菊の心に灰塊と世實代の心、直に届く。
「確かに預かりましたぞ。世實代殿、『勇』の徳、見事なり。これで徳十一、残り三つ……えっ? 何ぞ……これは……? もうひとつ徳が確かに私の中に……」
清は十四の徳以外に、清の心に芽生える徳があることに戸惑う。
──確かに今まで仕舞った徳は十一のはず、しかし、これは……誰の者でもない徳が……私の中にある……なぜ? これはなんぞ?──
戸惑う清の姿を見つめ、静は笑う。
「この段階で戻りかけるか……『慈』の《《德》》が……だがまだまだ、不完全、残り三つの徳を重ねれば、清の中の『慈』が目覚める……ゆくぞ花化従、本懐、間近ぞ」
「まことの舞、もうじきでありんすな」
花化従が答える。
──長き道も、じき終わる……──
静は本懐の道を歩むが如く、その場に背を向けた。
その背後には菊の腕の中で消滅する世實代。菊の腕に残るは世實代の温もりと転がり落ちた灰塊が彫ったと言う石造りの地蔵。
「あぁ……私の中で灰塊殿と世實代の心が……」
菊は涙を流す。その涙は石造りの地蔵に落ちた。菊はそっと地蔵を拾い上げ、背に彫られた詞を読み上げた。
「『實を基とし、義を掲げ、勇をもって貫く。これぞ義勇の極みなり』……われは妻として、母として二人の勇義の誇り、我が心にそはせり……」
──第十一章 終幕──